視聴方法
2026年8月時点、主要VODサービスでの配信は確認されていない。劇場公開中のため、最新の上映情報は各劇場サイトで要確認。テアトル新宿をはじめ全国で順次上映中。
あらすじ
東京に暮らす在日コリアン3世の中学生・ソヒは、朝鮮学校に通いながら朝鮮舞踊に打ち込む14歳。推しのK-POPアイドルのライブチケット代を稼ごうと、日本人の友人・未来とフリマサイトで家の不用品を売り始めたことが発端だった。北朝鮮のCDが高値で捌けたのに味をしめた二人は、やがて父が祖国から授与された大切な”勲章”まで売ってしまう。その出来事をきっかけに、建築家の夢を諦め朝鮮学校の校長を続ける父の姿、母の揺れ動く思い、そして自分のなかにある「朝鮮人」という感覚の正体と、少しずつ向き合っていく。
見どころ
朝鮮舞踊の「笑顔」が変わっていく
冒頭の練習シーンと、終盤の発表会のシーン。ソヒが踊るときの表情には、はっきりとした差がある。作らなければならない笑顔から、どこか自分のものになっていく笑顔へ。言葉ではなく顔の変化で、アイデンティティの微細な動きを見せる演出が静かに効いている。
北朝鮮が「消費」される空間の異質感
北朝鮮グッズを集めるバーのシーンは、本作のなかで独特の異質感を放つ。祖国の文化が観光地的に消費される場所で、ソヒの父が生涯大切にしてきた勲章が値段をつけられる。その不気味さと切なさを、説明なしにカットで見せる。
母親という「重力」
物語の中心はソヒだが、一番深く揺れているのは母親かもしれない。祖国への忠誠を手放さない夫と、日本の文化のなかを生きる娘。その間で動く母の選択に、言葉にならない葛藤が滲んでいる。青春映画の外皮の下に、もう一枚の物語が静かに置かれている。
ラストシーンが残すもの——何を「手放す」と何が見えてくるか
この映画のタイトルが意味するのは何か。父の「勲章」という物体と、それぞれが胸の奥に抱えてきた何かは、どこかで重なっている。ラストに向かうにつれて、登場人物たちは何かを失い、あるいは手放す。その先に置かれたものを、本作は説明しない。だから余韻が長く続く。ソヒの顔の変化に、答えの全部が入っている。
制作背景
監督の孫明雅(そん・みょんあ)は1989年大阪府出身、在日コリアン3世。是枝裕和監督を中心に設立された映像制作者集団「分福」に所属し、是枝監督の『ベイビー・ブローカー』(2022)や西川美和監督の『すばらしき世界』(2021)などで監督助手を務め、現場で確かな映画作りを学んできた。本作はその時間をかけて完成させた長編デビュー作にあたる※1。
制作の直接の起点となったのは、西川美和監督からかけられた一言だった。「あなたの中にある爆弾を作品にしてみたら?」——その言葉を受け、孫監督が「爆弾」として取り出したのは、朝鮮学校教師だった母親への怒りや不満という負の感情だった。「家族より大事な朝鮮学校って何なんだろう」という子ども時代の問いが、大人になっても消えずにいたと語っている※2。
ただし、孫監督は本作について「全然自伝的じゃない」とも明言している。朝鮮学校に通っていたことや母親が教師だったことなど共通点はあるが、勲章を売る行為やK-POPファンという設定はフィクション。主人公を当初高校生で構想していたが、「勲章を売っちゃダメだという分別がある」として最終的に中学生に変更したという判断も、取材の中で語られている※3。
撮影監督を務めたのは、日本映画界の重鎮・山崎裕。年齢差実に49歳という異色のタッグが、この作品のみずみずしい画面を作り上げた。山崎裕は1999年公開の是枝監督の初期作『ワンダフルライフ』をはじめ数多くの映画作品を撮影してきた名匠であり、「分福」のDNAを受け継ぐ新人監督とのコラボレーションが本作の映像的な骨格を支えている※4。
主演の恒那は、250人のオーディションを勝ち抜いた映画初主演の新人俳優で、自身も在日コリアンのルーツを持つ。1年にわたる朝鮮舞踊の稽古を重ねて撮影に挑んだ。共演陣も充実しており、朝鮮学校の校長である父を『かぞくのくに』『福田村事件』の井浦新が、母を市川実和子が演じる。是枝監督作『誰も知らない』で映画デビューしたYOUは、ソヒと未来が足繁く通う甘味屋の店主・さっちゃん役を、きたろうは未来の祖父役、山中崇は焼肉店を営むソヒの叔父役、黒田大輔はバーのマスター役で参加した※5。ポスタースチールは写真家の石田真澄が担当している※6。
公開後には孫監督と李相日監督のトークイベントが行われ、クライマックスの舞踊シーンについて「ソヒにとって舞踊はアイデンティティそのもの」と孫監督が語ったほか、李監督は本作を「堂々たる初監督作品」と評した※7。
感想
朝鮮舞踊を踊るソヒの顔が、序盤と終盤でまるで違う。そこから観ていた。
重いテーマを持つ映画が、どこまで軽やかでいられるか。『トロフィー』はその問いに対して、かなり誠実な答えを出してみせた作品です。
在日コリアンを描いた映画として、自分が思い浮かべてきたのは『GO』や『パッチギ!』のような作品だった。日本社会との摩擦が前景に出て、対立が物語を動かしていく。そこには切実さがあったし、怒りもあった。でも『トロフィー』にはそういった衝突がほとんど出てこない。あるのは世代間の価値観のズレで、在日コリアンの「今」を描くとこうなるのかという静かな驚きが、観ているあいだずっとあった。
ソヒという主人公の造形が絶妙で、自分が朝鮮人であることへの強い意識も、日本への強い同化欲求もない。BTSを自然に聴いて、日本人の友達とフランクに話して、祖国の勲章をフリマで売ってしまう。その「軽さ」は、最初はどこか拍子抜けに感じるかもしれません。でも見続けていると、それがそのままリアルなのだと思えてくる。祖国に縛られずに生きているというより、そもそも縛りとして意識していない。それが現代の在日コリアン3世にとっての感覚的な基準値なのかもしれない。
ただ、その「軽さ」のなかにも揺らぎはある。朝鮮舞踊を踊るときのソヒの顔が、いつもとまるで違う。作らなければならない笑顔——テレビで繰り返し見てきたあの表情と似た何かがある。発表会の練習シーンではそれが不気味に映るのに、終盤になるとその笑顔が変わっている。言葉で説明されるのではなく、顔だけで伝えてくる。「どう思った?」と日本人の友人・未来に問いかけるシーンでは、ソヒ自身もこの文化への違和感を自覚していることが見える。それでも続けているのは、どこかで切り離せない何かを感じているから。その「何か」を説明せずに、行動と表情だけで残していく演出は静かに効いていました。
一番印象に残ったのは、母親の存在です。主人公はソヒなのに、物語の重力の中心がだんだんと母親にずれていく感覚があった。祖国への忠誠を手放さない夫と、そこから距離をとっていく娘。その間で揺れ動きながら、気づけば勲章がなくなっていることに一番先に気づいたのも母親だった。売ったお金で洗濯機を買ってしまうという選択の複雑さは、言葉で解説されない。青春映画の外皮の下に、もう一枚の物語が静かに敷かれていて、その調整が本作の深みになっています。
父親の造形も丁寧で、建築家になりたかったのにどこにも就職できなかったという過去の重さが、勲章を売られたことで初めてソヒ(と観客)の目に入ってくる。祖国に執着してきたのは弱さでも頑固さでもなく、それしか手元に残らなかった時代の人間の苦悩だったのだと。怒りのあとにあっさりと許してしまう父の姿は確かに拍子抜けで、もう少し丁寧に描いてほしいとも感じた。でも、その「あっさり」も含めて父親という人物が複雑なまま置かれているのは、意図的な余白のような気もします。
北朝鮮が消費の対象として現れるバーのシーンは、本作のなかで最も不思議な空気を持っていた。グッズがずらりと並んだ店で、文化を楽しむ人々がいて、勲章を集めているオーナーがいる。祖国のために働いた証が値段をつけられていく。その不気味さを過剰に強調せず、ただそこにある風景として撮っているのが良かった。
技術的な課題はある。新宿の店に向かうシーンの反復する画角には違和感があったし、道の角から出てくる一部のカットには演出の手のひらが少し見えてしまっていた。それでも初長編でここまで「何を見せて何を見せないか」のバランスを保ち続けられたのは、並大抵のことではないと思います。
恒那の笑顔が本当に印象的な映画でした。重さを手放したときに初めて見えてくるものがある、という感覚が、あの笑顔の変化に全部入っていた。
他の人の見方
映画.comには「なんと瑞々しい映画だろう」「初監督作品とは信じられない孫明雅監督の手腕は称賛に値する」という高評価が並ぶ一方で、在日コリアンを名乗る一部のレビュアーからは「題材は深いのに作品は浅い」「在日が物語の根幹ではなく、作品を特徴づけるための設定になってしまっている」という批判的な声もあり、評価が分かれている※8。
「思春期の不安定な心の揺れを描く映画が大好き。『はちどり』(2018年・韓国)が好きな人にはたまらないかも」「現代に生きるふたつの社会の狭間を舞台に、純粋な美しさに気づかせてくれる作品」という評価がある※9。
カルチャー誌BARFOUTは「弱さごと抱えながら前を向く、小さく踏ん張るひたむきさ」を本作に見出したと評している※10。
note上のレビューでは「21世紀の今の在日の少女を描いた出色の青春映画」「青春のきらめき、友情、迷い、成長という普遍的な要素をきちんと押さえている」と、今年有数の作品として高く評価する声もある※11。
こんな人に
・アイデンティティと家族の関係を、静かに描いた映画が好きな人
・『はちどり』『かぞくのくに』など、少女の視点から社会を映す作品が好きな人
・在日コリアンの「今」——対立ではなく揺らぎとして描かれた現代の話を観てみたい人
・親世代と自分世代の価値観のズレを、日常の中で感じたことがある人
・社会的なテーマに身構えがちな人でも、青春映画として自然に入れる作りなので、硬い映画が得意でなくても楽しみやすい
出典
- ※1 関西大学 ヘッドライン
- ※2 encounter by CURBON
- ※3 Yahoo!ニュース(GQ JAPAN)
- ※4 ビデオサロン
- ※5 映画ナタリー
- ※6 アップリンク吉祥寺
- ※7 シネマファクトリー
- ※8 映画.com
- ※9 Filmarks
- ※10 BARFOUT
- ※11 note(田中宏明)




