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『ザ・キラー』考察・感想|失敗したプロが、いちばん怖い(ネタバレなし)

『ザ・キラー』考察・感想|失敗したプロが、いちばん怖い(ネタバレなし)

腕利きの殺し屋が、パリで暗殺を失敗する。その一点から始まる118分は、成功より失敗のほうが人物を雄弁に語るという、静かな確信に満ちている。フィンチャーが15年かけて手がけた殺し屋映画の、正直な感触をここに残しておく。

目次

作品情報

監督 デヴィッド・フィンチャー

主演 マイケル・ファスベンダー

脚本 アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー

製作年 2023年

上映時間 118分

ジャンル サスペンス/クライム/スリラー


視聴方法

Netflixで配信中(2026年10月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況はサービス側で要確認。

あらすじ

標的を外した、ただそれだけのことが、孤独な殺し屋の日常を根底から揺るがす。

腕利きの殺し屋がパリでの狙撃任務に失敗する。証拠を消し、追われながら国外へ逃げる。しかし逃げた先で、彼が最も守りたかったものが傷つけられていた。今度は自分が追う番になる。世界を股にかけながら、彼はひとり動き始める。

見どころ

フィンチャーが選んだのは、主人公を「完璧なプロ」として描くのではなく、失敗した後にこそ最も濃密になる人物として見せるという構造だった。

失敗から始まる緊張感

多くのアクション映画は成功から加速する。この映画は逆で、暗殺を外すところから本当の意味での緊張が始まる。証拠を消し、追われながら逃げ続ける主人公の慎重すぎるほどの慎重さが、淡々としたテンポで積み上がっていく。その積み重ねがじわじわと効いてくる。

モノローグで刻まれるルール

主人公は絶えず自分に教訓を言い聞かせる。感情を持つな、想定外を想定せよ。そのモノローグが映像に静かに重なることで、人物の内面と行動原理が浮かび上がる構造になっている。脚本はアンドリュー・ケヴィン・ウォーカーが担当した。

全員プロフェッショナルという異質な空気

殺す側も、殺される側も、徹底してプロとして描かれる。ティルダ・スウィントンが演じるエキスパートとの対話シーンは特にその密度が高い。誰もが役割の論理の中で動いていて、感情的な逸脱がない。それが普通の犯罪映画とは違う、独特の冷たさを生んでいる。

ラストが残すもの:失敗という事実の余韻

結末そのものは、ここでは書かない。ただ、118分の最後まで頭の片隅に居座り続けるものがある。それは冒頭の失敗という事実そのものだ。これほどの慎重さ、これほどの密度を見せつけてくる映画が、スタートラインとして「失敗」を置いている。フィンチャーがそれを分かって作っているのは明らかで、だからこそ終わった後も、奇妙な余韻が消えない。

制作背景

企画の開発は2007年11月にさかのぼり、フィンチャーが監督として、パラマウント・ピクチャーズとプランBエンターテインメントとともに映画化を進めることが報じられた。当初の脚本家はアレッサンドロ・カモンで、ブラッド・ピットが主演する構想もあった。2021年にフィンチャーはこのプロジェクトをNetflixに移し、脚本家をアンドリュー・ケヴィン・ウォーカーに変更した。ウォーカーとフィンチャーが組むのは、1995年の『セブン』以来となる再タッグだった。※1

撮影は2021年11月にパリで始まり、ニューオーリンズ、ドミニカ共和国、イリノイ州セントチャールズでも行われ、2022年3月末に終了した。※1シカゴではユニオン駅やリバー・ウェスト、バックタウン地区など市内各所でのロケが確認されている。※2

キャスティングについて、フィンチャーはNetflixに対し、ファスベンダーを選んだ理由を「感情的にも知的にも豊かな俳優だが、それを全部オフにしてくれと言えば、できる」と語っている。※3

衣装面では、007のような高級スーツとは真逆のスタイルを採用しており、フィンチャーがパリで見かけたドイツ人観光客から着想を得ている。スタッフは空港の免税店の商品だけで衣装を構成した。また、常に冷静さを演出するためか、ファスベンダーは作中ほとんど目を瞬きしていない。※4

音楽面では特徴的な選択がある。トレント・レズナーとアッティカス・ロスによるスコアに加え、ザ・スミスの12曲が全編に流れる。このチョイスによって、暗殺者が非マッチョな内向的人物であることが明確に示されている。※5

撮影監督は『Mank マンク』でアカデミー撮影賞を受賞したエリック・メッサーシュミットが務め、編集はカーク・バクスターが担当した。※6編集のスムースなつなぎが主人公のモノローグの精神を体現しているという指摘も多い。※7

本作は2023年9月3日に第80回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映され、同年10月27日に一部劇場で先行公開。その2週間後の11月10日からNetflixで独占配信が始まった。※8

感想

冒頭から、ひとつの問いを突きつけられる感覚がある。プロが失敗したら何が起きるか。

パリのアパートで、主人公はひたすら待つ。標的が現れるまで、何日も、何時間も。ヒッチコックの『裏窓』を思い出したのは、この観察者的な構図のせいです。ただ、あちらは見られているという恐怖が核にあった。こちらは逆に、見ているはずが見られていたという可能性への気づきで、観ていてどうしても引っかかってしまった。あんなに身をさらして待ち続けるのか、と。もっと慎重に隠れながら狙った方がいいのでは、と。

でも、その引っかかりこそがこの映画の入り口でした。

主人公は教訓を常に心の中で読み上げる。感情を持つな。想定外を想定せよ。それを遂行する。なのに、失敗する。その逆説が、彼の「優秀さ」の説明として機能するのが面白い。成功した暗殺者より、失敗してからの暗殺者の方が、圧倒的に見ていて怖い。失敗した後の行動の密度が、それまでの何倍もの情報を語ってくる。

証拠を消しながら急いで国外へ。追われているという意識を片時も手放さない。慎重すぎるほどに慎重。そのテンポが心地よくて、気づくと画面から目が離せなくなっている。暗殺が成功した後より、失敗した後の方が緊張感が出てくる、というのは観終わってから本当にそうだと思った。映画の構造として、スタートラインを「失敗」に置いたことで、全体の張力が変わっている。

安全が担保されたと思う瞬間に、事件が起きる。

誰がやったのか。なぜ。その問いは想像よりシンプルに答えが出る。弁護士が絡んでいると分かったとき、個人的には無実だろうと思っていた。あの意思の強さ、あの立ち居振る舞いは、何か別の信念があってのことだと感じていたから。けれど闇の世界には闇の論理がある。クライアントの依頼。それだけのことだった。

そして主人公は、関わった人物を順番に片付けていく。その流れが気持ちいい。感情的に怒っているわけではなく、淡々と処理している。殺される側も潔い。発せられる言葉がいちいち重い。全員がプロとして動いていて、だからこそ一種の美学みたいなものが漂う。唯一クライアントだけが、その空気の中で浮いていた。ダサかった、というのが正直なところです。あれほどの事を仕組んでおきながら、あの最後の態度は。

自分が標的になってからの行動の速さ。紆余曲折するのではなく、目的に向かって一直線。その無駄のなさが凄みを持っている。

ただ、最初の暗殺は失敗しているんです。そこだけは。プロフェッショナルを見せつけてくる118分の中で、その事実だけがずっと頭の片隅に残る。それがこの映画の正直な手触りで、フィンチャーはそれを分かっていて作っているはずで、だからこそ最後まで奇妙な余韻が続く。

他の人の見方

評価は二分されている、というのが正直なところだ。

「細部まで精密に計算されたカッチリ組まれた様式美」に痺れたという声がある一方、「スタイリッシュというより無味乾燥」「敵の存在感が薄くて盛り上がらない」という声もある。※9

専門家評では「フィンチャー×ファスベンダー、15年越しに実現した企画は殺し屋映画の新しい形」と位置づける批評もある。エリック・メッサーシュミットの撮影と音楽面への言及が多く、フランス映画やハードボイルド作品へのオマージュとして読む向きもある。※10

英Guardian紙のピーター・ブラッドショーは “horribly addictive samurai procedural”(恐ろしいほど中毒性のある侍の手続き映画)と評しており、催眠的な中毒性を指摘している。※11

こんな人に

・デヴィッド・フィンチャーの緻密な演出が好きな人
・派手なアクションより、心理的な緊張感を好む人
・マイケル・ファスベンダーの抑えた演技を堪能したい人
・「殺し屋もの」の映画を一通り観てきた人が、違う角度から楽しみたいとき
・アクション映画はあまり観てこなかったけれど、じっくりした展開の映画が好きな人にも入りやすい


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