FIND US
← BACK / REVIEW
REVIEW

『敵』考察・感想|翻弄される男の、静かな受容(ネタバレなし)

『敵』考察・感想|翻弄される男の、静かな受容(ネタバレなし)

筒井康隆が「映像化不可能」と評した同名小説を、吉田大八が全編モノクロで映画化した108分。老いと死と女性と金という、誰もが人生で向き合うものを、恐怖ではなくユーモアと哀愁で描く。

目次

視聴方法

U-NEXT、DMM TV、Netflix、J:COM STREAMで取り扱いあり(2026年10月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。

あらすじ

東京の広い一軒家でひとり暮らしを送る元フランス文学教授・渡辺儀助。整然とした日常を律儀に繰り返す彼の前に、かつての恋人や思いがけない訪問者が現れ始める。夢か現実か、妄想か記憶か、境界線が少しずつ溶けていく中で、儀助は静かに自分の残りの人生と向き合っていく。筒井康隆の小説を吉田大八が映画化した、モノクロの静謐な一作。

見どころ

現実と幻の溶解、俳優の佇まい、タイトルの反転。三つの柱がこの映画を支えている。

モノクロが生む、現実と幻の溶解

全編モノクロで撮影された映像は、儀助の孤独な日常を際立たせると同時に、夢と現実の境界をじわじわと曖昧にしていく。色のない世界の中でわずかに顔を出す現代的なディテールが、その落差をかえって鮮やかに際立たせる。撮影を担当したのは四宮秀俊で、アジア・フィルム・アワードの撮影賞部門にもノミネートされた。「観る側が各人なりに色彩を施せる」という評価もある※1。

長塚京三という俳優の佇まい

渡辺儀助を演じる長塚京三の存在感は、この映画の骨格そのものといえる。知的でありながら情けなく、色っぽいのにどこか滑稽。女性たちに翻弄されながら、それをどこか達観した目で受け入れていく様子が、ユーモアと哀愁を同時に漂わせる。長塚は東京国際映画祭史上最高齢での最優秀男優賞受賞となった※2。

「敵」というタイトルが反転する意味とは。ラストが残すもの

老い、お金、女性、死。映画を観るにつれ、「敵」の輪郭はどんどん広がっていく。そして気づけば、それらは敵というより、儀助が人生をかけて向き合ってきたものたちだと分かってくる。タイトルが持つ重みが、ラストに向けて静かに反転していく構造が面白い。明かしてしまうのは惜しい。観た後に、じわじわと沁みてくるタイプの結末だ。

制作背景

企画・製作はギークピクチュアズで、5年近くをかけて吉田大八監督と進めてきたプロジェクトだった※3。

出発点はコロナ禍だった。「パンデミックの始まりに、本屋が閉まってしまったので、持っている本を再読していました。その中の一つが『敵』だったんです。外に出て他人と会えない世界中の人々の様子が、この物語の主人公が送る高齢者の生活と似たようなものに感じられました」と吉田監督はTHR Japanに語っている※4。

原作は筒井康隆のオフィシャルサイトで「映像化不可能」と謳われていた作品だった。映画祭のラインナップ発表記者会見の数日前に90歳の誕生日を迎えたばかりの原作者の筒井に、吉田監督は脚本を見せた。筒井は、物語が認知症についてではなく、主人公が積極的に空想の世界に没入していく内容であることを強調し、映画化を快諾した※4。公開後に筒井本人は「すべてにわたり映像化不可能と思っていたものを、すべてにわたり映像化を実現していただけた。よくぞモノクロでやってくれた」と絶賛した※5。

モノクロ撮影の判断については、吉田監督が「白黒で撮影した理由は、誰にも止められなかった」と語っている※4。前作『騙し絵の牙』の反動から「出来るだけ小さいものに向かいたい」という気持ちで着手した企画でもある。クリエイティブ上の制約はほぼなく、四宮秀俊とともにミニマルな画面設計を徹底した※6。

長塚京三のキャスティングについては、監督が具体的な俳優を思い浮かべずに脚本を書き上げた直後に自然と思い浮かんだという。快諾を受けた後、さらに彼をイメージして脚本を練り直し決定稿を完成させた経緯がある※7。本作は長塚にとって12年ぶりの映画主演となった※8。

受賞面では、2024年・第37回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、東京グランプリ・東京都知事賞、最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀男優賞(長塚京三)の3冠に輝いた※9。日本作品がグランプリを受賞するのは2005年以来19年ぶりだった※10。さらに2025年3月には「第18回アジア・フィルム・アワード」で吉田大八監督が最優秀監督賞を受賞。是枝監督の受賞に続き、3年連続日本人監督受賞の快挙となった※11。また、第80回毎日映画コンクール日本映画大賞も受賞した※12。

感想

原作は未読のまま観た。だから筒井康隆の原作がどこまで再現されているのか判断はできないけれど、それで十分楽しめたし、むしろ何の予備知識もなく飛び込んだことが正解だったかもしれない。

モノクロのミニマルな画面の中で、淡々と進む日常がある。儀助の朝の支度、食事の準備、散歩の足取り。それらがひとつひとつ丁寧に積み重ねられていくうちに、いつのまにか夢なのか現実なのか、妄想なのか記憶なのかが分からなくなってくる。その溶解がじわじわとくる。強引に引っ張られるのではなく、気づいたらそこにいた、という感じ。

そして何より、主人公の心理が強く反映されたその描写が面白おかしい。男性の性を痛いほど感じさせられる。いつまで経っても男性は男性で、情けない生き物なんだ、とこちらまで苦笑してしまった。

でも儀助には、その情けなさをどこか達観して受け入れているところがある。翻弄されているのに、その状況を楽しんでいるようにも見えた。その姿がなんか良い。うまく言えないけれど、あの態度が映画全体の温度を決定づけていたと思います。

「ただ生き延びるために生きるってことを受け入れられない」というセリフがある。自分はまだそんな歳ではないが、老後については常に考えていて、儀助の気持ちが妙にわかってしまった。誰もが彼に共感するのではないだろうか。

「敵」というタイトルに構えながら観ていたのは確かで、誰が敵なのかずっと探していた。でも最後まで、明確にこの人が敵だ、と断言できる人物はいなかった。それは儀助の態度によるものだろう。彼が老いを、お金を、女性たちを、そして死を、怯えながらも最終的には受け入れていくから、それらが「敵」として見えてこない。

この映画における「敵」はメタファーで、劇中でもそれを指摘している場面がある。つまり儀助は夢や幻覚をそれと認知していて、自分を俯瞰できている。その上で、翻弄される人生を楽しんでいるのだ。

「敵」とは何か。老い、お金、女性——それらがある種の迷惑メールとして表現されているのが面白くて、そこにふと「敵」についてのメールが来る、という構造。儀助はそれらに困惑しながらも、これが自分の人生の最後だと受け入れていく。だから怖くないし、憎くもない。考え方次第。物事はどう捉えるか次第なのだ、と素直に思えた。

久々に長塚京三を観たが、佇まいがかっこよく、そしてダサい。バーがよく似合う。サントリーのCMをつい思い出してしまうのは自分だけではないはず。翻弄される男を見事に演じていました。また、3人の女性に翻弄されるわけだが、瀧内公美と河合優実の存在感がとにかく強い。古風な美人という趣で、モノクロがよく似合う。

彼は自分の人生と死を受け入れており、その姿がとても気持ちよかった。アトラクションのような楽しさがある映画だった。そして観終わってから、フランス文学が読みたくなった。

他の人の見方

映画.comには386件のレビューが集まり、評価は3.7。「モノクロ映像が見る者を惑わし引き込む幻想的な美しさ」「吉田大八の演出は日常・ユーモア・シュール・サスペンス・哲学的などを織り交ぜバラエティー豊か」との評価がある※13。

東京国際映画祭で観た観客からは「鑑賞直後こそ『ううむ』という印象だったが、いつしか自分にも訪れるかもしれないその恐怖が、ジンジン沁みてくる」とじわじわと後から効いてくる怖さを指摘する声がある※14。また、「モノクロの選択により現実と非現実との境界の曖昧さが鮮やかに炙り出され、観る側は各人なりに色彩を施せる」という評価もある※1。

受賞面では、第37回東京国際映画祭コンペティション部門で東京グランプリ・最優秀監督賞・最優秀男優賞の3冠を達成(邦画の東京グランプリは2005年の根岸吉太郎監督『雪に願うこと』以来19年ぶり)※10。「第18回アジア・フィルム・アワード」でも吉田大八監督が最優秀監督賞を受賞した※11。第80回毎日映画コンクール日本映画大賞も受賞した※12。

こんな人に

・モノクロ映像の中でじわじわと現実が溶けていく感覚を楽しみたい人
・老いや死というテーマを、重苦しくなく、どこかユーモラスに受け取りたい人
・男性が情けなく、それでもどこかかっこよく描かれる映画が好きな人
・筒井康隆の世界観に入り口を探している人(原作未読でも十分楽しめる)
・「静かな映画は眠くなる」と思っている人にこそ、アトラクション感覚で観てほしい一作


SHARE