視聴方法
Prime Video、U-NEXT、TSUTAYA DISCASほか複数のサービスで取り扱いあり(2026年9月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。
あらすじ
東京の下町に暮らす柴田家。年金で生活を支える祖母・初枝、日雇い仕事の治と信代、若い女性・亜紀、そして少年・祥太。彼らは万引きを生業の一つとしながら、貧しくも賑やかに日々をやり過ごしている。ある冬の夜、治が団地の外で震えていた幼い少女・ゆりを連れ帰ったことをきっかけに、この家族の姿と秘密が少しずつ浮かび上がっていく。
見どころ
血ではなく”共有”によって結ばれた家族
この映画の中心にあるのは、血縁という制度を持たない人々の集まりです。万引き、貧困、秘密——彼らを結びつけるのは社会的には後ろめたいものばかり。しかし一緒に食卓を囲み、同じ屋根の下で眠ることで生まれる温度は確かに存在する。「家族とは何か」という問いを、是枝裕和は説明ではなく生活の断片で静かに見せていきます。
安藤サクラと樹木希林、二つの異様な存在感
キャスト全員が役に溶け込んでいるなかで、安藤サクラと樹木希林の二人は特別な領域にいます。安藤サクラが見せる尋問シーンは、監督が尋問する側の池脇千鶴にだけその都度セリフをホワイトボードで見せ、安藤は次に何を聞かれるかわからない状態で臨んだ、という撮影手法から生まれたものです。次の言葉を知らないまま画面に存在しているから、あの泣き方になった。その生々しさを前面に出した佇まいが、作品全体の体温を底上げしています。
細野晴臣が作り出す音の二重性
音楽を担当したのは細野晴臣(はっぴいえんど、YMOで知られる音楽家)。長閑で穏やかに聴こえた音楽がいつの間にか不協和音に変わっていく——その変化が、一見温かく見えるこの家族の複雑さを音で表現しています。語りすぎない演出と、語りすぎない音楽が、この映画の余白を守っています。
ラストが残すもの——問いを抱えたまま席を立つ
この映画のラストシーンは、答えを用意しません。家族はどうなったのか。それぞれの絆は何だったのか。問いが宙に浮いたまま静かに幕が下りる。だからこそ、観終わった後にしばらく席から立てない感覚がある。「わからない」という感想が多く出てくるのは、映画が意図して余白を残しているからであって、描写の失敗ではない。あのラストの解釈は、観た人の数だけあっていい作りになっています。
制作背景
本作は、親の年金を不正に受給していた家族が逮捕された実際の事件に着想を得た作品です。構想に10年近くをかけて作られ、脚本段階では子どもに「お父さん」「お母さん」と呼んでほしいと願う主人公の想いが重点的に描かれており、撮影中の仮題は「声に出して呼んで」だった。
是枝裕和監督がこの10年間考え続けてきたことを全部込めたと語る渾身作でもあります。是枝監督がこれまで様々な”家族のかたち”を描き続けてきた長編14作目にあたる。
撮影手法にも是枝組ならではの工夫があります。是枝監督は撮影の際、子役には台本を渡さずに口頭でセリフを共有する。そうすることでより自然な演技を引き出している。安藤サクラが出演した尋問シーンも同様で、監督は尋問する側の池脇千鶴にだけホワイトボードでその都度セリフを見せ、安藤は次に何を聞かれるかわからないまま撮影に臨んだ。それがあの泣き方につながった。
池松壮亮は是枝監督との2度目のタッグで、JK見学店の常連客「4番さん」を演じた。名前も台詞も持たない役だった。
海水浴シーンは千葉県いすみ市の大原海水浴場で撮影が行われ、約70人のエキストラも参加した。
2018年、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞。日本人が受賞するのは1997年の今村昌平監督作『うなぎ』以来21年ぶりの快挙だった。カンヌ公式上映では約9分間のスタンディングオベーションが起きた。同年のコンペ部門には濱口竜介監督作「寝ても覚めても」も出品されており、日本映画として異例の存在感を示した年でもあった。
国際的な評価はカンヌにとどまらない。第91回アカデミー賞では、日本映画では10年ぶりとなる外国語映画賞ノミネートを果たした。国内でも第42回日本アカデミー賞では最優秀作品賞を含む8部門で最優秀賞を受賞した。※1
感想
感想が難しい、と観ながら思っていました。
「絆」という言葉を聞くと、どうしても清らかなものを思い浮かべてしまう。家族の温かさ、血のつながり、守り合う関係——そういうイメージが先に来る。でもこの映画は、そのイメージをじわじわと崩していく。良くも悪くも何かを「共有する」ことで絆が生まれるなら、その共有するものが嘘でも、犯罪でも、絆は成立する。そのことをこの映画は、説明せずに見せてくれます。
ある意味でどんでん返し系の作品でもあって、観ている間は互いが互いに何かを隠し合っている気配がずっとある。でもその隠し事が暴かれたとき、単純な「騙し・騙され」の話にはならない。複雑な関係や感情の上にその絆は成り立っていて、だからこそ崩れたときの余韻も複雑なまま残る。
夫・治(リリー・フランキー)の言動には、表面上の矛盾がある。でも見ていると、そこには一貫性がある。彼はその日暮らしで生きていて、将来への不安を持たない。今が良ければいい。その場の勢いで動いてしまう人間だ。だから息子を置いて逃げようとしたことも、息子を深く愛していたことも、どちらも本心なのだと思う。矛盾ではなく、両方が同時に本当のこととして存在している。その描かれ方が、妙にリアルで、少し怖かった。
キャスト全員が素晴らしいという言い方は簡単だけれど、それ以外の言葉が見つからないほど本当にそうだった。なかでも安藤サクラと樹木希林の二人は、異様な存在感だった。化粧をほとんどしていないように見える佇まいが、生々しさを際立たせていて、画面の中にいるのに現実のような質感がある。安藤サクラのあの尋問シーン——あそこで何かが決定的に変わる感覚があって、その後の物語の見え方まで変わってしまう。
音楽についても書いておきたい。細野晴臣の手による音楽は、最初は長閑で穏やかに聴こえる。でも気づくと不協和音に変わっている。その変化が、この家族の「一見温かく見えるが複雑なもの」という本質をそのまま音にしていて、言葉を使わずに感情を揺さぶってくる。さすがだ、という言葉しか出なかった。
物語の結末——バラバラになったそれぞれの今後——については、正直に言えば、なんだかんだみんな幸せになれるのではないかという希望を感じた。これは自分の願望が含まれているかもしれない。でも、それでいいと思っている。絆は確かにあった。その関係は不安定で、長くは続かなかった。それでも、離れていてもその絆は消えない。一人一人がこれから生きていく中で、きっと心の支えになってくれる——そう信じたくなる終わり方だった。
余韻が残るのは、答えを出さないからだ。家族とは何か、絆とは何か、善と悪の境はどこにあるのか。この映画はその問いを投げかけたまま、静かに幕を下ろす。観た後しばらく、自分の中でその問いが続いていました。
他の人の見方
「家族とは血なのか、それとも一緒に過ごした時間なのか」という問いが観客に刺さる作品として、国内外で幅広い評価を集めています。
カンヌ映画祭の審査委員長ケイト・ブランシェットは安藤サクラの泣き演技について、「もし今回の審査員の私たちがこれから撮る映画の中で、あの泣き方をしたら、安藤サクラの真似をしたと思ってください」と語ったという※2。
海外での評価も根強い。是枝監督自身が「”血を越えて繋がる家族というのがありうるのか”というのを自分なりに考えながらつくった映画」と語っており、「血縁がなくても家族をつくることはできるのかということが普遍的な問いかけとして根底に流れている」と述べている。※3
FAQ:よく検索される問いに答える
Q. 池松壮亮はどんな役を演じているの?
池松壮亮は、JK見学店の常連客「4番さん」を演じた。名前も台詞も持たない役だが、「いつまでもこのままいれたらと思ってしまうような豊かな時間をいただきました」とコメントを寄せている。存在だけで画面に重力を与える、是枝組らしい起用だった。
Q. ラストの解釈は?ネタバレなしで教えてほしい。
結末そのものはここでは明かさない。ただ、あのラストが「わからない」「もやっとした」と言われるのは、是枝裕和が意図的に答えを封じているからだと思う。観た人それぞれが「あの後どうなったか」を想像し続ける構造になっていて、映画が終わった後も物語が続く。それが、この作品が長く語られる理由のひとつだと感じました。
こんな人に
・「家族」という概念を改めて問い直したい人
・血縁ではなく”共に過ごした時間”が人を結ぶという話に共鳴できる人
・リリー・フランキー、安藤サクラ、樹木希林の演技を余白とともに味わいたい人
・カンヌ最高賞・パルムドール受賞作に興味がある人
・邦画を普段あまり観ない人でも、生活の匂いがする静かな物語なら入りやすい
出典
- ※1 映画.com
- ※2 CINRA
- ※3 SCREEN ONLINE





