連続殺人犯と大学生が面会室のガラス越しに向き合い続ける映画だ。「なぜ人は人を傷つけるのか」という問いを物語の核に置きながら、サスペンスとして成立させている。白石和彌監督が2022年に手がけたサイコサスペンスで、劇場興行は10億円を超えた。
視聴方法
Prime Video、U-NEXT、DMM TV、Lemino、Netflix、TSUTAYA DISCASほか複数のサービスで取り扱いあり(2026年10月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。
あらすじ
冴えない大学生・筧井雅也のもとに、ある日手紙が届く。送り主は24件の殺人容疑で逮捕され死刑判決を受けた榛村大和で、事件当時、雅也の地元でパン屋を営んでおり、中学生だった雅也もよく店を訪れていた。榛村は自分が犯したとされる殺人のうち、最後の1件だけは無実だと主張し、雅也に再調査を依頼する。真実を求めて面会を重ねるうち、雅也は榛村の言葉に少しずつ引き込まれていく。
見どころ
阿部サダヲと水上恒司(クレジット上は当時の芸名「岡田健史」)のW主演が、この映画の緊張を最後まで支えている。
阿部サダヲが作る「信頼できる怪物」
榛村大和を演じる阿部サダヲの存在感は、この映画の核心そのものだ。温かく、誠実に見える。なのに、その奥に何か計算が走っているのが薄らと見える。その絶妙な二重性は、白石監督が「阿部さんの目がずっと忘れられなかった」と語り起用を決めた理由がそのまま映像になっている。阿部は「俳優をやっていて、1度は手を出してみたい役を頂けた」と撮影を振り返っている。
面会室という劇場
二人が顔を合わせる面会室のガラスに、互いの表情が反射し重なり合う演出が繰り返される。アナログな手法でプロジェクターなどを駆使し、面会室を異様な空間にしている。2人を隔てるアクリル板に互いの顔が映りこむ瞬間も計算された演出だ。重なることで共鳴を、その像が断ち切れる瞬間で関係の変容を語る手つき。シンプルな仕掛けではありますが、二人の距離感を視覚で追えるため、物語の緊張を肌で感じながら観ることができます。
美術が語る榛村の世界
第77回毎日映画コンクールで美術賞を受賞した今村力・新田隆之による美術が、榛村の空間に独特の質感を与えている。白い百合を植えた燻製小屋、鉄工所に特注したフックなど、細部の作り込みが榛村という人物の奇妙な美意識を静かに補完している。※1
制作背景
原作は、初版『チェインドッグ』として2015年に発売され、文庫化に合わせて『死刑にいたる病』に改題された。作家・櫛木理宇の最高傑作と謳われている。文庫はハヤカワ文庫JA(早川書房)から2017年に刊行されている。脚本は高田亮が担当し、白石和彌が監督を務めた。なお英語タイトルは『Lesson in Murder』となっている。
白石監督が映画化にあたって下した大きな判断のひとつが、原作の構造を絞り込むことだった。原作では榛村大和の過去や両親の話にもページを割いているが、そこはあまり深掘りせず、現在軸で何が起きているかを中心に据えた方が、よりサスペンスが立つと判断した。阿部サダヲの存在感だけで観客を引き寄せられるという確信が、その判断の背景にあった。
榛村の自宅となったロケ地は、コロナ禍での撮影延期を経た後の最初のロケハンで見つかったという。白石監督は「ここを見つけてこの映画の方向性がほぼ決まった」と語るほど、素晴らしいロケ地だったと明かした。また、家の近くに水門があったことで、榛村が川に花びらのようなものを散らす冒頭シーンを水門で撮るアイデアが現場で生まれたというエピソードも残っている。※2
雅也を演じた水上恒司については、白石監督が「お芝居ひとつひとつを考えて演技しているので、こちらも確認しながら進めていき、積み重ねていった」と振り返っている。「すごくナチュラルで素直な芝居をしてくれて、静かなトーンでいきたいというのが感じられた」とも評している。※3
阿部は面会室のシーンについて「岡田さんの演技で引き出されたところがあって、最初に思っていたものと違うアプローチをした部分がありました。まっすぐな雅也を壊したいと思いましたが、全然ブレなかった」とコメントしている。※4
受賞・上映歴としては、第46回日本アカデミー賞で阿部サダヲが優秀主演男優賞を受賞している。また国内外の映画祭でも上映され、第26回富川国際ファンタスティック映画祭のMadMaxX部門への選出、第21回ニューヨーク・アジアン映画祭への出品が確認されている。※5劇場興行は10億円を超えた。
原作との違い:榛村の「過去」を省いた理由
映画と原作の最も大きな違いは、榛村大和という人物の来歴の扱いにある。原作小説では榛村の両親や過去のエピソードに相応のページが割かれているが、白石監督は映画においてそれをほぼ切り落とした。理由は前述のとおりで、現在軸のサスペンスとして絞り込む判断だった。結果として映画版の榛村は、「なぜそうなったか」が明かされないまま観客の前に立ち続ける。その余白が、阿部サダヲの芝居とかみ合って、得体の知れなさをより深くしている。
感想
人にはどうしてもやめられないものがある。趣味だったり、性癖だったり。行き過ぎると病気のように見えてくる。それが人を殺めることだとしたら、どうなるのか。観ながらずっとそのことを考えていました。
榛村大和という人物を、単純な悪として処理できなかった。信頼関係を丁寧に築き、心を許させてから地獄に叩きつける。サイコパスな行為です。でも、なんとなく気持ちがわかる気がしてしまう自分もいた。おそらく彼は、人間に強い興味があったのだと思う。若い男女を狙ったのも、彼らに希望を感じたからではないか。その希望が一気に絶望へと変わっていく瞬間、急激に変化する人間の感情や表情に、彼は惹かれていたのだろう。
人間は誰しも、自分が生きた証を残したい。子供を持つことはその一形態で、叶わなかったときに何を選ぶかは人によって全く違う。榛村は生に執着していたわけではない。ただ、この世に自分が存在したという事実と実感が欲しかった。だから思想だけ残ればよかった。その意味で、ラストの行動は彼にとって「最後の悪あがき」であり、同時にこの映画全体のテーマそのものでもあったと思います。金山一輝や雅也の中に自分を植え付けること。愛するものに自分の行いを肯定させることで、自分のような感覚を目覚めさせようとした。愛情と支配がこれほど近い場所にある話を、久しぶりに見た気がします。
面会室のガラスに映る演出について。榛村と雅也の顔が重なり合い、やがて断ち切れる。二人の距離を視覚で語る手つきは、あなたと私は違うという宣言として機能していました。ベタな演出です。黒澤明の『天国と地獄』(1963年)でも使われる類の手法。でも全然嫌じゃなかった。むしろ、メタファーとしてしっかり機能していた。ベタとうまいは矛盾しない。
水上恒司が演じた筧井雅也の声のトーンが、この映画では地味に重要だと思う。心に闇を抱えている様子が、声の質から伝わってくる。だから彼が連続殺人犯に協力していく姿に説得力があった。派手な演技をしない。クライマックスでも強い感情を押し出さない。その抑制が、榛村に引き込まれていく過程の説得力を静かに支えていた。
気になったのは、タイトル通りすぎるという点です。もう少し捻れなかったのかなと思うほど、予想の射程内で話が収まった。二面性があるようで、実はなかった、という話、と言えなくもない。結局のところの「なぜ」の部分に、もう少し納得感が欲しかった。
ただ、全体の雰囲気は好みでした。白石監督の作品はクセが強くて苦手なものもあるのだけれど、この作品はそのクセが抑えられていて、見やすかった。すでに事件が起き、犯人が捕まっている状態から始まるので、派手な殺人描写よりも、雅也の内面の変化を淡々と追う構成になっている。その落ち着いたトーンが、榛村の怖さを却って際立たせていたと思います。
ラストが残すもの:ネタバレなしで言えること
結末そのものは言わない。ただ、観終えた後の感覚について正直に書くとすれば、「予想の射程内」に収まった、という印象が残った。榛村が何をしようとしていたのか、映画全体を通して丁寧に積み上げられた文脈がある分、ラストで提示される事実はむしろ静かに着地する。驚きより、納得。そして、その納得の後に少しだけ自分の感覚が揺らぐ。榛村のことが、少しわかってしまった、と感じた人にとって、その揺らぎこそがこの映画の本当の余韻だと思う。
他の人の見方
雅也の行く先々に現れる謎の男・金山役には岩田剛典、雅也の母役には中山美穂など人気実力を兼ね備えた役者陣の好演も、各方面から評価されています。「『羊たちの沈黙』を彷彿とさせる殺人鬼と若者の心理的な攻防戦」という評価があり、自己肯定感の低い若者の心の隙間につけ込むマインドコントロールの描き方が、残酷な殺人行為以上に恐ろしいとの指摘があります。※6
映画.comのユーザーレビューでは「サイコな怖さよりゴア描写の痛々しさが悪目立ち」という批判的な見方がある一方、「バイオレンスな描写や阿部サダヲのインパクトに負けずに正統派のサスペンス要素もあり、物語としてもとても面白かった」という好評も見られます。※7
「阿部サダヲの演技が素晴らしい」「終わり方に含みがあって考察が捗る」など、演技と結末の解釈を楽しむ声が多く集まっています。
こんな人に
・「なぜ人は人を傷つけるのか」という根本的な問いが気になる人
・阿部サダヲの、コミカルでない側の演技を見たい人
・静かな心理戦が好きで、派手なアクションより登場人物の内面の変化で引っ張られたい人
・黒澤映画など日本映画の古典を観ていて、その手法が現代作品にどう使われているか比較したい人
・サスペンス映画は難しそうと感じている人でも、事件の全貌が最初からある程度開示されているため、謎解きより人間観察として楽しめる作品
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