昭和末期の広島を舞台に、アウトロー刑事の死とその「継承」を描いた警察ノワールです。役所広司と松坂桃李のふたりが、台詞よりも佇まいと表情でこの映画を成立させています。
視聴方法
Prime Video、Hulu、U-NEXT、TSUTAYA DISCASほか複数のサービスで取り扱いがある(2026年10月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。
あらすじ
昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島の架空都市・呉原市。マル暴刑事の大上章吾は、ヤクザと癒着しているとも噂される危うい捜査スタイルで知られていた。そこに配属された若手刑事・日岡秀一は、大上の違法すれすれの行動に戸惑いながらも、広島の暴力団組織をめぐる複雑な抗争に引き込まれていく。善と悪の境界が溶けていく世界で、日岡は何を信じ、どこへ向かうのか。第69回日本推理作家協会賞を受賞した柚月裕子の同名小説を原作とした、昭和の広島を舞台にした警察ノワールです。
見どころ
ヤクザ映画の外皮をまといながら、実質は「意志の継承」を描いた人間劇です。
役所広司が体現する「アウトローの本質」
大上という人物は、単純な悪徳刑事ではありません。ヤクザとの綱渡りの信頼関係の中に、かたぎを守るという一本の軸を通しています。役所広司がその複雑な内実を、台詞よりも佇まいで見せていきます。役所はロケ地である広島県呉の街をサングラスにネックレスという衣装で歩くだけで、自然と作品の雰囲気になっていたと語っており、役に入る入口がすでに体の話でした。死後にその有能さや優しさが浮かび上がってくる構造も含め、この人物の「深み」は一周してようやく見えてきます。
松坂桃李が演じる「変容の刑事」
日岡の物語でもあります。松坂桃李は、大上のやり方に疑問を持ちながらも徐々に影響を受けていくエリート新人刑事を、もがき苦しみながら成長していく姿として情熱的に体現しました。その変容が顔の表情だけで伝わってくる演出が効いています。特に大上の死後の日岡の目つきは、言葉がなくとも何かが定まった瞬間を確かに映していました。この演技で松坂は第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞のほか、第92回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞、第61回ブルーリボン賞助演男優賞も受賞しています。
昭和・広島という「場」の力
呉原のモデルとなった呉を中心にオール広島ロケを敢行し、渇いた昭和の世界を映像に収めました。猥雑で濃密な空気感が全編に漂います。暴力、抗争、腐敗、そして義理。整然としていない人間関係の中に、かえってリアルな人情が宿っています。白石和彌監督が「命を削って撮ろうと思った」と語った熱量は、この場所の選択にも表れています。
ラストが「残すもの」——大上のライターが問いかけること
ラストシーンはネタバレを避けます。ただ、この映画の結末の「音」の使い方は映画の文法として見事でした。死んだはずの人間がまだそこにいる、という感覚。それが映像ではなく音によって決定づけられる。余韻の残し方として、これだけ意図の感じられるエンディングはそう多くありません。結末を観た後で、前半の細部を見直したくなる構造になっています。
制作背景
「仁義なき戦い」の熱量を現代の映画に取り戻すことが、この企画の起点でした。
白石監督は広島での記者会見で、「東映のプロデューサーの方から、『仁義なき戦い』のような”エネルギーのある、勢いや力強さ”を映画に取り戻したいというお話をいただきました。とても監督冥利に尽きる思いでしたし、その熱量に自分が感染してできた作品でした」と語っています。※1
白石監督は原作が『仁義なき戦い』『県警対組織暴力』のような一見実録風の映画をモデルにしていることを踏まえ、「端正に撮っていこうと、昔のパッションを持ちながら現代のノワール映画というか実録風にしようと思った」と語っています。古き良き仁義を大切にする人たちが消えていく哀愁を強調したと述べています。※2
キャスティングについては、企画プロデューサーの紀伊宗之と天野和人プロデューサーが役所広司と松坂桃李を口説けたことで、製作費3億円が集まったという経緯があります。(出典:Wikipedia記事引用のため参照のみ)
役所は白石監督について「近年の日本映画は元気がないから、元気な映画を作りたいと言われ、脚本を読むとそのエネルギーを感じた。監督からテレビではできないような演出をされることもあったが、映画ならではのことも多く、とても男らしい映画ができたと思う」と話しています。※1
撮影はオール広島ロケで行われました。作品の8割以上が呉市内の各所でロケ撮影されたほか、広島市や廿日市市などでもロケ撮影が行われ、呉市民約500人がエキストラとして参加しました。※3尾谷組の事務所には呉市内の一般企業の社屋が、大上ら刑事の職場となる呉原東署には現在稼働していない旧水道局の建物が使用されました。※4
撮影現場での印象的なエピソードもあります。終盤、大上と日岡が「クラブ梨子」で対話する長回しのシーンは、現場で突然白石監督がワンカットでの撮影を提案したもの。監督は「この作品は、思いとか仕事とかを次の世代に継承していく話でもある。役所さんの芝居を見て桃李くんは継承するんだろうなと思って、ワンカットでやりたいと言いました」と語っています。※3
劇中では役所広司が演じる大上刑事のZippoライターが登場し、松坂桃李はそのライターを完成披露試写会の場でタキシードのポケットから取り出して見せていました。※5
公開後の評価は高く、第42回日本アカデミー賞では優秀賞12部門を受賞し、最優秀主演男優賞(役所広司)・最優秀助演男優賞(松坂桃李)・最優秀美術賞・最優秀録音賞の4部門で最優秀賞を獲得しました。※6役所広司はアジア映画界のアカデミー賞ともいわれるアジア・フィルム・アワードでも最優秀主演男優賞を受賞しています。※7役所広司のスピーチでは「今日は本当に素晴らしい賞をいただいて、びっくりしました」と謙虚に目を丸くしていました。※8
感想
前半から中盤は、正直に言えばよくあるヤクザ映画という感触で、乗り切れていなかった。暴力と癒着と昭和の男気。そのパッケージ自体はどこかで見たことがある。でも後半に入って、人間関係の変化が動き始めた瞬間から、引き込まれ方がまるで変わりました。
大上という人物の描き方が、この映画の核だと思う。綱渡りのように危ういヤクザとの距離感の中で、彼がずっと守っていたのは「かたぎ」だった。ヤクザ同士の抗争は一方を潰せばもう一方が勢力を伸ばす。だから互いに潰し合わせる。内側から腐らせていくことが目的で、そのためなら違法捜査も厭わない。その行動の本質が少しずつ輪郭を持ち始めたところで、大上は死ぬ。
その「死」の使い方がずるかった。死後になって初めて、日記や捜査資料を通じて大上の有能さや優しさが伝わってくる。生きているときはアウトローにしか見えなかった人間が、死んでから急に奥行きを持って現れてくる。その順番で悲しみが増す。リアルタイムで知るより、後から知るほうが傷が深い。そういう構造を、この映画はちゃんと意図的に使っていた。
日岡の表情の変化についても書いておきたい。真相が見えてくるにつれて、松坂桃李の顔が変わっていく。セリフではなく顔で語っている部分が多くて、特に大上の死後の目つきに、何かが定まった感覚があった。善悪の境がわからない世界で揺れていた人間が、ある瞬間を境に腹をくくる。そのシフトが台詞なしで伝わってくる。
ラストの墓参りのシーンで、岡田桃子が大上からの依頼で動いていたことを知る。そして大上のライターの着火音で映画が終わる。死んだはずなのにまだいる、という感覚。あの音は映画の文法として見事で、大上という人物の「残り方」を最後の一瞬で決定づけていた。
江口洋介さんが演じる人物については、見ながら「完全に斎藤一だ」と思っていた。あの眼光と動き方の佇まいは、どう見てもそっちに引っ張られる。それが狙いなのかどうかはわからないが、少なくとも画面に緊張感をもたらしていた。
前半の「よくある感」を乗り越えた先に、これだけの後半があった。ヤクザ映画というジャンルの枠の中で、人間の死と意志の継承をここまでドラマとして成立させた映画は、そう多くないと思います。
他の人の見方
シネマトゥデイでは「東映の男気を感じる快作」として呉ロケが醸し出す昭和の猥雑さや役所広司・松坂桃李の演技を高く評価する声がある一方、「新古典派」として既成の枠組みを踏襲する姿勢を問う視点も示されています。「去勢された日本映画を風刺するような”真珠攻撃”の奇襲は痛快だ」という、東映ノワール復活を称える声も収録されています※9。
複数のレビュープラットフォームでは役所広司の演技への称賛が多く、「昭和の任侠映画を匂わせる雰囲気が良い」「暴力団と警察の関わりが面白い」といった感想が目立つようです。高評価に偏った分布で、広い層から支持を得ていることがうかがえます。
こんな人に
・役所広司の演技の幅を、ひとつの映画で体験したい人
・善悪の境が曖昧なアウトロー主人公に惹かれる人
・昭和の空気感と猥雑さを映画で味わいたい人
・警察と暴力団の複雑な関係を、人間ドラマとして追いたい人
・ヤクザ映画に馴染みがなくても、後半のドラマに引き込まれたい人にも。前半さえ乗り越えれば、そこからは純粋な人間劇として成立しています。
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