視聴方法
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あらすじ
フランスの映画監督ルネは、1910年代のサイレント連続活劇『レ・ヴァンピール(吸血ギャング団)』のリメイクを進めている。主演に招いたのは、香港映画のトップスター、マギー・チャン。言葉も文化も異なるパリの撮影現場で、マギーは戸惑いながらもイルマ・ヴェップという役柄に向き合っていく。撮影は混乱し、現場は揺れ続ける。それでも、彼女はそこにいる。人と人が出会い、すれ違い、やがて離れていく——その刹那を静かに映し出したフランス映画。
見どころ
マギー・チャンという存在そのものの強度
香港映画のスターがパリの混乱した現場に飛び込む。その設定がほぼそのまま現実と重なるという構造が、本作の核心にある。文化や言語の壁の前で戸惑いながら、それでも役を全うしようとするマギー・チャンの佇まいと表情は、演技と素のあいだを揺れるような独特の存在感を放つ。劇中の監督ルネが彼女に言う「君にはグレースがある」という言葉は、アサイヤス自身がマギー・チャンに向けた視線そのものとして響いてくる。
「映画を作る映画」というメタフィクションの巧みさ
サイレント映画のリメイクをめぐる混乱を描きながら、映画制作そのものの矛盾やカオスをユーモアと批評眼で切り取る。監督ルネの造形は、フランス映画の古い映像美への固執と現代映画との衝突を体現しており、映画史と現代が交差する場として撮影現場が機能している。トリュフォーの『アメリカの夜』と比較されることもあるが、アサイヤス自身は映画製作の「幻想」より「現実」を描こうとしたとして、むしろファスビンダーの作品をより大きな参照点に挙げている。
ラストが残すもの——余白の意味(ネタバレなし)
この映画の結末は、観た人が長く考え続けるタイプのものだ。試写室で映し出されるある映像をめぐって、「誰が作ったのか」「それはいつ、何のために存在するのか」という問いが静かに浮かぶ。フイヤードの古典映画をめぐる劇中の議論が伏線として機能していて、最後のショットは映画全体の混沌への応答であり、同時に静かな皮肉でもある。核心は——観て、確かめてほしい。
即興的なルポルタージュ調の映像と感傷的な選曲
早撮りと即興演出によるルポルタージュ調の映像が効果を発揮し、異国を訪れたヒロインの戸惑いがライブ感豊かに映し出される。ドキュメンタリーとフィクションのあいだを漂うような独特のリズムが生まれ、そこに重ねられる選曲が感傷をさらに深め、人と人の出会いと別れの刹那を鮮やかに焼き付けていく。
制作背景
本作は4週間という短い撮影期間、極小の製作費のもとで撮り上げられた。その出発点は、アサイヤスとマギー・チャンのある偶然の出会いにある。
ヴェネツィアでアサイヤスはマギー・チャンに初めて出会い、「現代映画がまだこれほどのオーラを持つ女優を生み出せるとは思っていなかった」と振り返っている。その一年後、フイヤードの『レ・ヴァンピール』をリメイクしようとする映画監督を描く脚本を書いていたアサイヤスは、マギー・チャンのペルソナがイルマ・ヴェップ役を担う女優像を形作っていくことに気づいた。
低予算のフランス映画への出演を断られるだろうと考えたアサイヤスは、香港で難航したキャスティングを続けた末に、改めてマギー・チャンと引き合わされた。「彼女しかいなかった」とアサイヤスは語っている。「もし彼女がやらないなら、この映画を撮る理由がない」と感じていたほどだった。
アサイヤスは学生時代からルイ・フイヤード監督によるサイレント映画『レ・ヴァンピール(吸血ギャング団)』をよく観て研究しており、このジャンルが持つ「まるで子供のようなエネルギー」を取り戻したいと考えていた。フランス映画史のカリスマ女優ミュジドラが演じたイルマ・ヴェップをアジア人女性が演じるという選択は、当時としてはきわめて大胆なものだった。
監督はホウ・シャオシエンに関するドキュメンタリーを手掛けるなど、アジア映画に深い関心を寄せており、マギー・チャンの「異国の地での戸惑い」をそのまま映像に取り込むような即興的な演出手法を採用した。なお、劇中でルネがマギーを映画館で観て起用を決めるという設定は、現実のアサイヤス自身の経緯を反映しているとされる※1。
アサイヤス自身は、トリュフォーの『アメリカの夜』を偉大な映画としながらも、それは映画製作の「幻想」を描いたものだと述べ、ファスビンダーの『聖なる娼婦への警告』をより大きなインスピレーションの源として挙げている。
撮影監督はエリック・ゴーティエが務め、製作費は約140万ユーロ。本作の製作をきっかけにアサイヤスとマギー・チャンは結婚したが、後に離婚している。
日本では日本ヘラルド映画の配給により1997年5月3日に劇場公開された。本作は1996年5月15日にカンヌ国際映画祭でワールドプレミアを迎え、カルト映画としての評価を着実に積み上げてきた。
2022年にはアメリカのテレビ局HBOと映画会社A24からの依頼を受け、アサイヤス自身が全8話のシリーズとしてリメイク。2022年カンヌ国際映画祭でお披露目され、その後世界中で配信されて高い評価を得た。
また、タイトル「IRMA VEP」が「VAMPIRE」のアナグラムであることは、劇中でも明示的に説明されるが、イルマ・ヴェップは文字通りの吸血鬼ではなく、パリの夜を駆けた伝説的な女盗賊の名前だ。
感想
パリの混乱した撮影現場に、一人の女優が降り立つ。その最初の数分間から、この映画の空気はもう決まっている。
鼓動が高鳴る映画に久しぶりに出会った。そんな気持ちになったのは、ウォン・カーウァイの『天使の涙』以来だったと思います。
映画はいたってシンプルに見える。パリの撮影現場で、香港から来たスターが戸惑いながら日々をこなしていく。ただそれだけのことが、だらだらと映し出されていく。特別な事件は起きない。劇的な転換点もない。それでも観ていると、その時間が一瞬のように感じられてくる。長い人生のなかで考えれば、たしかにそれは一瞬だ。人と人が出会い、会話し、近づいて、そしてすれ違っていく——その刹那を見つめることだけに、この映画は徹している。
マギー・チャンというフィルターを通して見ると、異国での孤立と、それでも役を愛そうとする姿勢が画面に溶け込んでいく。言葉が通じない場面、文化的なすれ違い、混乱した現場への戸惑い。それらが演技なのか素なのか、フィクションなのかドキュメンタリーなのか、その境界が意図的に曖昧にされている。「パリにおけるアジア人としての孤立が、孤高の輝きへと転化していく」という批評※2は正確で、まさにその転化の瞬間が映像に宿っている。全てを包み込むような佇まい。表情の微細な揺れ。彼女が去った後の現場から漂う、最初からそこにいなかったかのような喪失感——それが胸に刺さる。
撮影現場で出会うゾエとのやりとりは、その静かな核のひとつだ。ゾエがマギーに惹かれていくのが伝わってくる。その関係性が積み上がっていく時間は素敵で、だからこそそれが断ち切られたとき、その切断に描写が与えられないことがかえって切ない。何もなかったかのように次の場面に移る。ゾエのその後も、マギーのその後も映されない。余白がそのまま残される。
ラストの試写のシーンについては、観ながらしばらく考え続けた。あのぐちゃぐちゃに編集された、いたずら書きのような映像は誰が作ったのか。実際の試写はすでに代役によって撮り直されたものだったのではないか。とすれば、あの映像は誰にも見せられることなく残った「マギー・チャンの映像」だったのではないか。そう考えると、ラストの意味が変わってくる。フイヤード監督の古典に施された文字の入れ替え合成映像をめぐる議論が伏線として機能していて、あの結末はそれへのオマージュであり、同時にこの映画全体の混沌を象徴するものでもある。忠実な再現を目指すという当初の理念に対する、静かな皮肉として。
選曲も素晴らしかった。この映画のムードをここまで感傷的に、それでいて過剰にならない温度で支える音楽の選択は、作品の呼吸そのものになっていた。映像の余白と音楽が響き合って、観終わった後の余韻を作り出している。
1年に1本、こういう映画に出会えれば十分だと思う。自分が本当に好きなものを思い出させてくれる映画だった。スコアを付けるのが難しい——というか、付けたくない。数字にしてしまうと何かが失われる気がして。
他の人の見方
「フランス映画史のカリスマ女優ミュジドラが演じたイルマ・ヴェップをアジア人女性が担うという構造は、現代ハリウッド映画にも通じる先見性を持つ」という評価がある※2。
アジア人俳優がハリウッドの主演を占める割合が現在でも1%に満たないという現実を思えば、1996年という時点でマギー・チャンをタイトルロールに据えたこの映画の姿勢は、いま改めて際立って見える。
本作はカルト映画として位置づけられており、アサイヤス自身が2022年にHBOとA24の依頼を受けてリメイクシリーズを制作、カンヌ国際映画祭でお披露目されて高い評価を得た。熱烈なファンと苦手意識を持つ層に分かれる作品でもあり、ストーリーよりも「撮影現場の空気感」を楽しめるかどうかで評価が分かれているようだ。
こんな人に
・映画制作の舞台裏や、映画が映画を語る「メタフィクション構造」に興味がある人
・マギー・チャンという女優の存在感を、全力で浴びたい人
・派手な展開より、人と人のすれ違いや刹那的な関係性を静かに見つめる映画が好きな人
・フランス映画やヌーヴェルヴァーグ的な即興感・ライブ感のある映像表現に惹かれる人
・「映画らしい映画」は観たことがないけど、異国情緒のある人間ドラマから入ってみたいという人にも、マギー・チャンの存在感だけで引き込まれる一作
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