視聴方法
この映画はできることなら映画館で観てほしい。それは構造の問題だ。後半、わたしたちは映画館の客席に座って、スクリーンに映る舞台劇「親密さ」を観ている。だが、そのスクリーンの中にも、その舞台を観ている客席がある。つまり「舞台を観る観客を、観ている自分」という入れ子が生まれる。この二重の客席感覚は、劇場の暗闇と、自分が腰かけている座席があってこそ立ち上がるもので、自宅の配信では決して同じようには成立しない。本来いちばん映画館で観られるべき作品だ。
ところが——その機会はあまりに少ない。本作は長らくソフト化されず、濱口ファンのあいだで”幻の作品”とされてきた一本だ。DVDも基本的に流通しておらず、配信についても常時見放題かどうかは時期によって変わる。今この瞬間は観られないかもしれない。
ただ、濱口竜介の特集上映は劇場でかなり頻繁に組まれている。初期作をまとめて上映する企画もたびたびあるので、観る機会そのものは巡ってくるはずだ。近くの劇場の特集情報を気にかけておくといい。スクリーンで観られたなら、それはかなり幸運なことだ。
あらすじ
新作舞台「親密さ」の上演を間近に控えた、恋人同士でもある演出家コンビ・令子と良平。脚本の問題、役者の問題、そして社会全体を覆う政治情勢の危機のために、劇の仕上げは遅々として進まない。作業の遅れは、恋人同士でもある令子と良平の日常生活にも影を落としていく。映画の前半は、舞台が出来上がっていく過程と、ふたりそれぞれが抱える悩みや葛藤を丁寧に映し出す。そして後半は、彼らが作り上げた舞台そのもの。人の弱さと小ささ、そして強さを問いかけるような、4時間超の体験が始まる。
見どころ
1. フィクションとノンフィクションが溶け合う多重構造
映画の中の人物が舞台を作り、その舞台の中でさらに詩の朗読会が開かれる。観客はいつの間にか、「映画を見ている自分」「舞台を見ている観客」「詩を聞いている登場人物」という幾重もの層のどこかに滑り込んでいる。映画と映画内の舞台劇の関係においてだけでなく、それぞれの中でも、現実と虚構が複雑・微妙に交錯し続け、虚実の彼岸にあるリアリティーの核心が胸を揺さぶる。スクリーンとこちら側の境界線が曖昧になっていく感覚は、この映画でしか得られないものだ。
2. プロではない俳優たちの「生々しさ」
本作はENBUゼミナールの映像俳優コースの卒業制作として作られた。いわゆる「うまい演技」とは異なる、どこか青く不完全な佇まいが、逆に圧倒的なリアリティをもたらす。出てくる役者が「映画的」ではない。有り体に言ってしまえば、うまくない。しかしそれでも、彼らの生き様に並走することによって、次第にこうした弱さは魅力に転化していく。完成された演技では決して生まれない、生きている人間の体温がある。
3. 対話のデザイン、言葉の重なり
本作には「言葉のダイアグラム」という詩が登場する。『親密さ』には「言葉は想像力を運ぶ電車です」という印象的なフレーズもある。その詩が象徴するように、映画全体を通じて対話が細部まで丁寧に設計されている。ある場面では詩に対する率直な否定的意見がぶつけられ、その瞬間に映画と舞台と現実の境がガタッと揺らぐ。言葉のやりとりそのものが、この映画の核心をなしている。
制作背景
「親密さ」という演劇を作り上げていく過程をフィクションとして演じる前半と、実際の上演を記録し映画として構成した後半の二部構成で描かれる青春群像劇。255分という長さも、前半=劇映画・後半=実際の舞台上演という構成も、商業映画の文法からは大きく外れている。
俳優ワークショップから出発し舞台劇制作そのものを組み込んだという経緯が、本作の特殊な構造を生んだ。濱口竜介は1978年、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得た。その後も精力的に作品を発表し続け、本作はそのキャリア初期に位置する。
タイトル「親密さ」の着想についても、nobodymag のインタビューで濱口自身が語っている。「舞台劇『親密さ』は元々は『何食わぬ顔』の直後に書いたプロットだった」と明かしており、演劇部分の構想自体はキャリアの早い段階から温められていたことがわかる※1。
撮影手法においても、同インタビューで濱口は正面カメラへの考えを詳しく述べている。「キャメラを正面に置くことによってしか出て来ないものが、出てくるようになった」「役者と役者が向かい合うときに、斜めの方にキャメラがあれば、集中力の10〜20%は、相手ではなくどうしてもキャメラの方に向けざるをえない。そうすると『演じる』ということがどうも濁ってしまう」と語り、正面配置が「演じること」の純度を高める意図的な選択であることを示している※1。カメラと俳優の関係性そのものを「親密さ」として問い直す意識がうかがえる。
スタッフクレジットも充実している。撮影は北川喜雄、編集は鈴木宏、整音は黄永昌、助監督は佐々木亮介、制作は工藤渉、音楽は岡本英之が担当。また舞台劇パートの演出は主演の平野鈴が実際に担当しており、舞台演出:平野鈴というクレジットがフィクションと現実のさらなる境界を曖昧にしている。
本作は2012年7月28日、「濱口竜介レトロスペクティヴ」にて上映。2013年5月25日よりポレポレ東中野にて2週間単独でロードショーされ、同年11月13日には第35回ぴあフィルムフェスティバルでも上映された。
なお、ENBUゼミナールは本作のほかにも映像制作の実践的な場として知られる。後年、同ゼミのワークショップ企画からは『カメラを止めるな!』(2017年・上田慎一郎監督)も生まれており、現場主義の制作体制という点で本作と地続きの系譜にある。
その後の濱口のキャリアについては、2015年に5時間17分の長編『ハッピーアワー』がロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(2018)はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された。そして2021年には『偶然と想像』が第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞。『ドライブ・マイ・カー』は第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で日本映画として史上初となる脚本賞を受賞した。この軌跡をさかのぼれば、『親密さ』は濱口が「正面カメラ」「台詞の密度」「フィクションと現実の交錯」といった固有の作法を鍛えた実験場として位置づけられる。
感想
正直、最初は痛々しかった。見ていて苦しくなる。目を背けたくなるような、青くて恥ずかしい感じ。でもいつの間にか、その痛さが心地よくなっていた。
4時間15分。特に後半は体感1時間ぐらいにしか感じなかった。舞台劇「親密さ」が始まった瞬間から、時間の感覚がどこかに行ってしまった。
この映画の核にあるのは「距離感」だと感じました。近い/遠いという物理的な距離ではなく、フィクションとノンフィクションの境目にある、あの薄くて脆い膜のこと。後半の舞台劇の中に詩の朗読会があって、それを見に行く登場人物がいて、それを見ている観客がいて、そしてその全体を映画として見ているこちらがいる。この多重構造の中に静かに引き込まれていって、ある瞬間、どこからが映画でどこからが現実なのか、わからなくなっていた。
特に印象的だったのが、詩に対して否定的な意見がぶつけられる場面。あのまま肯定だけで流れていたら、きっとどこかに嘘臭さが残ったと思う。あの客観性が挿入されることで、一気にすべての境界が曖昧になった気がしました。
それから、海で溺れた時に兄に助けられたという話。自分が死んでも助けてくれる人がいることを知ったと、淡々と語る場面。あの静けさ。その話がのちに映画全体の問いとつながってくる構造も、見事でした。
濱口監督の作品は『ハッピーアワー』と『寝ても覚めても』を先に見ていた。特に『ハッピーアワー』で感じていた「鑑賞者を映画の中に巻き込もうとしている」という感覚が、この『親密さ』で確信に変わりました。映画の中に入らせる、という感覚。人の感覚と想像を掻き立てる強いエネルギーが、この監督の作品には確かにある。
そして本作には、二部構成のあとに「短い第三部」とも言うべきエピローグがある。舞台劇の演出家だった令子が、その後を生きている姿が映される。この後日談があることで、4時間の体験がただの実験で終わらず、ちゃんと「その人のその後の人生」へと着地する。ラストシーンについて言えることは——ネガティブではなかった、ということだけ。それがすごくよかった。人生は直線では進まない。様々なものに影響を受け、少しずつ別の方向に曲がっていく。それでもその先に、何かがある。
まだ書ききれていないことがたくさんある。カメラワーク、カット、舞台劇の中の独特な編集の話も。また別の機会に。
他の人の見方
映画.comのレビューには「ドキュメンタリーのようでそうではない。最後しっかりオチもある。4時間余りの疲れを吹き飛ばすアオハルっぽい終わりかた」という評がある。
2012年の「濱口竜介レトロスペクティヴ」上映時に『Nobody』誌の結城秀勇は、本作が「おそらくこれまでのキャリアよりもこれからのキャリアの方が映画史において大きな意味をもちうるだろう、将来性に満ちあふれたまだ若い監督に対する『レトロスペクティヴ』といういささか倒錯的な試みの中心」にあると指摘した。2012年当時にして、すでに未来へ向けての評価だったという点が興味深い。
映画研究者・木村建哉による作品解説(出町座)では、「虚実の彼岸にあるリアリティーの核心が胸を揺さぶる」「美し過ぎるラストが、岡本英之の音楽とともに脳裡に焼き付く」と記されている※2。
こんな人に
・濱口竜介の初期作品、その原点に触れたい人
・「映画を見ている」という感覚自体が揺らぐ体験をしたい人
・演劇と映画が交差する実験的な表現に興味がある人
・人間関係の変化や、人生の「曲がり方」をテーマにした作品が好きな人
・『ドライブ・マイ・カー』で濱口竜介を知り、もっと掘り下げたいと思っている人にも——4時間という長さに身構えてしまうかもしれないけれど、気がついたら終わっている、そういう映画です
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出典


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