視聴方法
2026年2月13日に劇場公開(配給:ギャガ、PG12)。本記事執筆時点(2026年6月)では、YouTube、Hulu、U-NEXT、Lemino、TELASAなどでレンタル視聴が可能になっている。見放題での配信は今後順次拡大していく可能性が高い。各サービスの最新の配信状況は、映画.com の作品ページで確認するのが確実だ。
あらすじ
世界的な製薬会社を率いるカリスマ経営者ミシェルが、ある日突然誘拐される。犯人は、陰謀論に取り憑かれた男テディと、彼の従順な従弟ドンの2人。テディはミシェルが地球に侵略しようとしている宇宙人だと確信しており、その不安定なロジックが物語を道徳的にも曖昧な領域へと引き込んでいく。ミシェルは冷静に言いくるめようとするが、やがてテディの隠された過去が浮かび上がり、荒唐無稽なはずの誘拐劇は、誰も予想しない方向へと転がっていく。
見どころ
「嘘と本当」が交互に揺れる、精妙なバランス感覚
宇宙人かどうか——その答えをランティモスは最後まで簡単に明かさない。宇宙人だと確信させる瞬間の直後、「いや、やっぱり人間か?」と思わせるやり取りが差し込まれる。どちらに転ぶかわからないまま引っ張られる構成は、観客自身の「常識」を何度もひっくり返してくる。「2つのまったく対立する信念を持つキャラクターがいながら、映画自体は説教臭くならず、すべての判断を観客に委ねている」——そのバランスこそが本作最大の仕掛けだ。
陰謀論者というレンズを通した、「常識を疑う」テーマ
陰謀論者というキャラクター設定は、単なるコメディの道具ではない。「どうせ間違っている」という世間の決めつけを、もう一段上のレイヤーからひっくり返す構造がある。ドンというキャラクターは観客の代理として機能し、懐疑心と道徳的な不確かさを全編にわたって運搬する。常識の外側に立ち続けてきたランティモス監督らしい、知的でユーモラスな問いかけが作品全体に貫かれている。
エマ・ストーンの丸坊主と、視覚的に徹底したビジュアル設計
宇宙人対策が、逆に宇宙人らしさを強化していくという逆説的なビジュアルの遊びが秀逸。坊主頭とクリームという「対策」が生み出すシュールな絵面は笑えて、かつ不気味。さらにエンドロールでは幾何学的・記号的な文字表現が登場し、作品世界を最後まで丁寧に作り込んでいる。
制作背景
開発は2020年にスタートし、当初はオリジナル版のチャン・ジュナン監督自身が英語版もメガホンをとる予定だった。ウィル・トレイシーが脚色し、アリ・アスターがプロデューサーとして参加。しかしチャンが健康上の理由で監督を降板し、2024年2月にヨルゴス・ランティモスが監督に、エマ・ストーンが女優兼プロデューサーとして加わった。※1
この企画をランティモスに持ち込んだのはアリ・アスターで、韓国のカルト映画『地球を守れ!』を現代アメリカに置き換えた脚本を開発していた。アスターは自ら監督するのではなく、その毒気ある物語をランティモスに委ねることを選び、ランティモスはオリジナル版をあえて観ることなく、この脚本に飛びついたという。※2
ランティモスにとって本作は、これまで手がけてきたキャリアで初めて「自分が深く関わって開発したわけではない脚本」を監督するという試みだった。「これほど読んですぐに『このまま撮れる』と思えた脚本は初めてだ」と本人が振り返っている。※1
脚本を手がけたウィル・トレイシーは、ドラマ『Succession』や映画『ザ・メニュー』で知られる脚本家で、かつてはThe Onionの編集長も務めた人物だ。その毒気ある風刺センスが、ランティモスの演出と共鳴している。
キャスティングについては、ランティモスとストーンが、テディ役のジェシー・プレモンスを「迷いなく真っ先に」選んだという。前作『憐れみの3章』でのカンヌ男優賞受賞が後押しになった。※1さらに、テディの従弟ドン役には、自閉症を持つ19歳の新人エイダン・デルビスをオープンキャスティングで起用。ストーン自身が彼を「観客の窓口」として評価していた。※3
撮影の大部分はロンドン近郊のイングランドで行われ、一部のシーンはジョージア州でも撮影された。撮影監督はランティモスとの長い協力関係を持つロビー・ライアン、音楽は『哀れなるものたち』に続いてイェルスキン・フェンドリックスが担当した。※4
製作クレジットにはエド・ギニー&アンドリュー・ロウ(Element Pictures)、ランティモス、アスター&ラース・クヌードセン(Square Peg)、ストーン(Fruit Tree)、ミッキー・リー&ジェリー・コー(CJ ENM)が名を連ねる。『パラサイト 半地下の家族』の製作チームであるCJ ENMが製作・出資に参画しているのも本作の大きな特徴だ。※5
本作は2025年・第82回ヴェネチア国際映画祭でワールドプレミアを飾り、第98回アカデミー賞では作品賞・主演女優賞(エマ・ストーン)・脚色賞(ウィル・トレイシー)・作曲賞(イェルスキン・フェンドリックス)の計4部門にノミネートされた。※6
感想
ストーリーの枠組みを聞いた瞬間から、ランティモス監督ならどう転がすか——勝手に予想していた。常識を疑い、現実を疑い続けてきたこの監督のことだ。観終わったあと、「監督をわかっている気がする」という不思議な嬉しさがあった。当たっていたかどうかは、ぜひ自分の目で確かめてほしい。
何より面白いのは、陰謀論者というレッテルの扱い方だった。「どうせ間違っている」という世間の決めつけ——それ自体がひとつの「常識」だ。その常識をもう一段上からひっくり返す構造になっていて、単純な驚かせ方ではなく、テーマと結末がきちんと一致している。だからオチが決まったとき、ただ驚くだけでなく「そうつなげるのか」と膝を打った。
宇宙人なのか、人間なのか。その答えを宙吊りにしたまま、「やっぱりそうか」と思った直後に「いや、違うのか?」と揺り戻してくる。どっちにも転べる緊張感を最後まで保ったまま着地する手腕が見事で、この駆け引きそのものが一番の快感だった。
ビジュアルの遊びも楽しかった。坊主にしてクリームを塗るという「宇宙人対策」が、むしろ宇宙人らしさを際立たせていく逆説。エマ・ストーンの目の大きさがここまで強調されたことはなかったかもしれない。「宇宙人顔だったんだ」という発見があった。
デザインの仕事をしている関係でエンドロールの文字表現が特に気になった。中心に置かれた幾何学的・記号的な文字が宇宙言語のようで新鮮だったし、対比としてイタリックのセリフ体を使っているセンスも良かった。構図の面白さや強いショットが随所にあり、視覚的な満足度は高い。
綺麗にまとまりすぎた感は否めないし、「過去一かかったという制作費、どこに使ったんだろう?」という疑問も残った。ロケ地のこだわりか、施設利用費か、終盤の宇宙人衣装や宇宙船あたりか。それでも、ヘンテコで愛せる一本だった。
こんな人に
・ヨルゴス・ランティモスの過去作(『哀れなるものたち』『ロブスター』)が好きな人
・「陰謀論者が実は正しかったら?」という問いに笑えてしまう人
・エマ・ストーンのぶっとんだ演技を、もう一段上で味わいたい人
・グラフィックデザインやタイポグラフィが好きで、映像の細部まで楽しみたい人
・SF映画や難解な作品に馴染みがなくても、コメディとして入ってシュールな世界観を初体験してみたい人
劇場での鑑賞体験を経た今も、「宇宙人だったのか?」という問いは宙吊りのまま残る。その居心地の悪さこそが、本作の余韻だ。各配信サービスでの配信状況を確認のうえ、ぜひその目で確かめてみてほしい。
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