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U-NEXTにて2026年5月より配信中。
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あらすじ
製紙会社をリストラされた中年男・マンス(イ・ビョンホン)は、再就職のために就職活動に挑む。しかしその戦いは、字義通り命懸けの様相を呈していく。妻のミリ(ソン・イェジン)は夫の奇妙な行動に薄々気付きながらも、家族のためにさりげなく傍に寄り添う。息子は問題を抱え、娘はひっそりとチェロを弾き続ける——。現代韓国の経済格差と家族の崩壊を、ブラックユーモアとシニカルな眼差しで描く問題作。
見どころ
01. 古典的演出と現代的テーマの鮮烈なコントラスト
カメラのパン、アップのタイミング、オーバーラップ。パク・チャヌクが持ち出すのは、映画の教科書に載るような古典的手法ばかりだ。ところがそれを、AIやスマートフォンが日常に溶け込んだ現代韓国に当てはめることで、奇妙なコントラストが生まれる。古いものが新しいものを照らし返す——そのずれこそが、本作の映像体験の核心にある。
02. 製紙会社という「時代に取り残された」舞台
舞台となるのは、あまり馴染みのない製紙業界。紙の専門性が丁寧に描かれ、その特殊な職人的世界観が物語に独特の哀愁を与えている。デジタル化の波に飲み込まれながらも、ひっそりと孤独な戦いを続ける人々。アナログを愛したパク・チャヌクが20年以上かけてこの題材に惚れ込んだ理由が、スクリーンの隅々から滲み出てくる。
03. 笑いの中に潜む、息をのむ緊張感
本作はスリラーでありながら、不条理なコメディとして機能する瞬間が何度も訪れる。大音量の音楽が鳴り響く三つ巴のシーン、予測不能な展開の連続——笑っていたはずが、次の瞬間には硬直している。パク・チャヌクとポン・ジュノに共通するこの緩急の妙は、観客の感情のコントロールを完全に奪っていく。
04. ビデオ通話という「共犯性の装置」
前作『別れる決心』でスマートフォンを印象的に使ったパク・チャヌクは、本作でもビデオ通話を独創的な演出ツールとして活用する。画面越しに「いま、ここ」を共有する夫と妻。その繋がりは精神的なものというより、むしろ物理的・空間的な共犯性として機能する。言葉にならない関係性を映像の文法で語る、その手際に息をのむ。
05. ラストが残すもの——苦い笑いと、その先の解釈
本作はパク・チャヌク作品としては異例の弾けるユーモアが交錯する一方で、終盤に向かうにつれ笑いの質がじりじりと変質していく。笑っていいのかどうか判断できなくなる、その瞬間——それこそがこの映画の本当の意味で核心的な体験だ。結末が「何を残すか」は観た人によって大きく違う。そこを丁寧に反芻する時間が、鑑賞後にこそ必要になる。
制作背景
本作の原作は、アメリカの犯罪小説家ドナルド・E・ウェストレイクが1997年に発表した『斧(The Ax)』。文春文庫から翻訳出版されている名作で、2001年度「週刊文春ミステリーベスト10」第3位にも輝いた(出典:文藝春秋)。同作はコスタ=ガブラスもすでに映画化している。
パク・チャヌク監督はこの小説に惚れ込み、20年ほど前に映画化を企画。脚色と脚本執筆を繰り返し、ロケハンのためにカナダやニューヨークへ渡り、ストーリーボードまで作り上げていたという。それでも映画化が実現しなかった長い年月について、監督は「情熱を失わなかったというよりも、せっかく誠意を注ぎ込んだ作品なので、あきらめるのはもったいないと思っただけ」と述べ、あわせて「各地で友人に話すたびに『自分たちの国でもこの話なら共感できる』と言われ続けた。この作品は普遍性があるモチーフなんだと確信できた」とも語っている※1。
舞台をアメリカから現代の韓国に移し替えた理由についても、監督は「マンスが味わう”男らしさ”の問題には韓国の文化が影響しています。ひとりの男として、夫として、父親として、責任を取るためならばなんでもするという考え方です」と話している※2。また来日インタビューでは「原作を読んだとき、コメディとしてのポテンシャルを直感した。マンスの行動がいかに無謀で愚かで不合理かを強調する喜劇にしたかった」とも語っている※1。
主演のイ・ビョンホンとのタッグは『JSA』以来25年ぶりの長編映画となった。監督は「ジャック・レモンのような俳優を想定して彼に依頼した」と明かしており、その人選が本作のトーンを決定づけている※3。妻ミリ役のソン・イェジンは、本作で青龍映画賞主演女優賞を受賞。ライバル役のイ・ソンミンも同賞で助演男優賞を受賞した※4。
映画祭での評価も目覚ましく、第82回ヴェネチア国際映画祭コンペティション正式出品、第50回トロント国際映画祭国際観客賞受賞、第63回ニューヨーク映画祭オフィシャルセレクション、第30回釜山国際映画祭オープニング作品。第98回アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表に選出され、第83回ゴールデングローブ賞ではミュージカル・コメディ部門の作品賞・主演男優賞・非英語作品賞の3部門にノミネートされた※5。製作は『パラサイト 半地下の家族』を世に送り出したCJ ENMスタジオ、北米配給はNEONが担当した※6。
感想
製紙会社の廊下を歩く後ろ姿から、この映画は始まる。ショットの美しさだけで感動してしまうのだから、パク・チャヌクという人はどこまで罪深いのか。
実際に観てみると、面白いショットが次から次へと押し寄せてくる。徹底的に皮肉的で、ユーモアにあふれていて、シリアスなはずなのにすごく笑えた。ただ、正直に言うと、ストーリーにはそこまで引き込まれなかった。だから芸術点として3.8 / 5.0——それが今の自分の正直なところです。
前作『別れる決心』で古典的な手法を露骨に使っていると気付いてから、パク・チャヌクって昔からそうだったのではないか、という疑問がずっと頭にあった。今作を観て、その確信がさらに強まった。『お嬢さん』も改めて観直したい、そう思わせるほどに。
今作でその古典的演出の面白さがより際立っているのは、現代的なテーマとのコントラストが強いから。製紙会社という、昔ながらでありながら実はあまり馴染みのない業界——自分はデザイナーなので紙には深く親しんでいるけれど——を舞台に、就活という命懸けの戦いが展開される。紙の専門性がしっかりと描かれているからこそ、その世界に漂う哀愁がリアルに迫ってくる。時代に残された職人たち。貴重なはずの存在が、社会の波に飲まれ、影の中で孤独に戦っている。パク・チャヌクがアナログを愛し、フィルムを愛してきた人だからこそ、この題材に強いシンパシーを感じたのではないか——そう思うと、この映画がさらに愛おしくなる。
家族の描き方も印象的でした。夫・マンスの奮闘を軸に、妻・ミリがさりげなく寄り添う構造。彼女は夫の行動に感付きながらも具体的な協力はしない。夫は妻が知っていることを知らない。その絶妙な関係性の中で展開されるビデオ通話の使い方が、とにかく巧い。画面越しに「いま、そこにいる」という物理的な共犯性。精神的な繋がりというより空間の共有として機能させてくる、この発想は本当に面白かった。
そして娘のリウォン。彼女の存在が、静かに、しかし確実に物語の核心に触れている気がしました。チェロを弾き続ける彼女が、家族の再生に知らず知らず関わっている——その皮肉の構造が最後に明かされるとき、苦い笑いと胸を刺す何かが同時にやってくる。笑っているのに、笑えない。この感覚こそが、パク・チャヌクの真骨頂だと思います。
植木と針金、大音量の音楽が鳴り響く三つ巴のシーン、人間を針金でぐるぐる巻きにするあの場面——「これがやりたかったのか」と思わず声に出してしまうような、強烈なビジョンが点在している。ワンショットから映画全体を逆算して構築するアプローチ、今作を観てそれもありだなと、本気で感じました。
ただ、それだけの面白いシーンやショットが揃っているのに、どこかで心に届ききらなかった。その惜しさがある。それが数字に表れています。
他の人の見方
「全編笑いっ放しだった。いつもより笑いは多めだが、これぞまぎれもなくパク・チャヌクの独自の世界。パク・チャヌク大好き人間には十二分にその世界を堪能できる一作だった」という評価がある※7。
「バイオレンスと笑いのバランスが実にいい」「節々の不条理コントは結構笑えた」「イ・ビョンホンが情けないマンスをとことんやり切っていたのは好感が持てた」という声もある※3。
一方で「いろいろな要素を盛り込みすぎて主題がはっきりしない」「展開が散漫になり、長い長い140分と感じてしまった」「期待値が高かった分、少し肩透かしを食らった感じがした」という評価もある※8。
また「演技も映像も音楽も良かっただけに残念な仕上がりだった」という批判的な声がある一方で、女優のシム・ウンギョンは「ゲラゲラ笑っていながら、ある瞬間から笑っていていいのか判断できなくなる。その感覚が主人公マンスが抱えている歯の痛みに似た気持ちになった」とコメントしている※9。
こんな人に
・パク・チャヌクの映像センスを純粋に体験したい人
・笑いとバイオレンスが混在するブラックコメディが好きな人
・イ・ビョンホンの新たな一面——情けなさをやり切る演技——を見たい人
・現代社会の経済格差や就職難を、正面からではなく斜めから見つめたい人
・原作小説『斧』(ドナルド・E・ウェストレイク)が気になっている人
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📖 原作
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出典
- ※1 映画ナタリー
- ※2 Tokyo Art Beat
- ※3 映画.com
- ※4 Fan’s Voice
- ※5 MOVIE WALKER PRESS
- ※6 キノフィルムズ
- ※7 note レビュー・田中宏明
- ※8 映画.com レビュー・えすけん
- ※9 BRUTUS.jp 来日対談記事


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