視聴方法
TSUTAYA DISCASでの取扱いが確認されている(2026年6月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスにて要確認。
2026年8月14日(金)よりシネマート新宿・池袋シネマ・ロサ・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて、4Kデジタルリマスター版が公開中。配給:オソレゾーン、配給協力:シンカ。日本での上映が世界最速となっている。※1
あらすじ
幼い頃に受けた凄絶な体験から、深いトラウマを抱えて生きてきたリュシー。大人になった彼女はある日、ある一家を突然襲撃する。あまりにも唐突なその行動は、彼女自身の妄想による暴走に見える——しかし実は、彼女の判断には根拠があった。親友アンナと共に真相を追ううちに、物語はまったく別の様相へと変わっていく。復讐譚として始まり、やがて人間の限界を超えた場所へと向かっていく、フランス・カナダ合作のホラー。
見どころ
前半と後半でまるで別の映画になる、二段構造の衝撃
前半は復讐劇として始まり、後半は宗教的・形而上学的な探求へとジャンルが根底から書き換えられる。暴力描写そのものではなく、「その先に何を見るか」を主題に据えた構成が、単なるスプラッター映画とは一線を画す。この二段構造こそが、本作の考察と感想を語りたくなる熱量を、公開から十数年が経った今も維持している理由だと思う。
グロさの中に宿る、徹底した美意識
嫌悪感を煽る描写が続きながらも、映像全体に美意識が貫かれている。撮影はステファーヌ・マルタンとナタリー・モリアフコ=ビゾツキーが担当。音楽はThe Seppuku Paradigm名義の兄弟デュオ、アレックス・コルテとウィリー・コルテが手がけており、ラストシーンに重なるスコアが切なさとして残る。ただの「怖い映画」で終わらない、この質感こそが本作の核心にある。
「報われなさ」の徹底が生む、奇妙な崇高さ
アンナというキャラクターは、ひたすら善意と献身で行動する。しかしその報われなさは徹底している。その徹底ぶりが、ある時点から不思議な神聖さへと転じていく。苦痛と救済、絶望と恍惚が同居するクライマックスに向けて、じわじわと積み上がっていく感覚は、他のホラーではなかなか味わえないものだ。
制作背景
監督・脚本はパスカル・ロジェ。ロジェはうつ病と自殺願望を抱えていた時期にこの脚本を書き上げ、「痛みについての映画を作る」という衝動がその原動力となった。また、執筆過程でカトリシズムから強い影響を受けている。
製作面でも前途多難だった。ロジェ自身の発言によれば「大手フランス映画スタジオはすべてに断られ、多くの女優にも拒否された。Canal+だけが、こうした異色のプロジェクトへの出資を続けてくれた」という。その後、前作『サン・タンジュ』(2004)を評価した製作者リシャール・グランピエールの支持を得て、ロジェの長編第1作を手がけたグランピエールが、本作の開発を後押しした。撮影はモントリオールを主要ロケ地として行われた。※2
撮影中には予期せぬ事故も起きた。アンナ役のモルジャーナ・アラウィは、撮影中にサウンドステージから約3メートル転落して足の骨を3本骨折。6週間の安静を余儀なくされ、製作は一時中断された。
本作は2008年カンヌ映画祭のマルシェ・デュ・フィルムでワールドプレミアを迎え、同年8月24日にはロンドンのFrightFestで上映された。フランスでの劇場公開は2008年9月3日。北米ではトロント国際映画祭でも上映されている。第41回シッチェス・カタロニア国際映画祭(ジャンル映画・ファンタジー映画を専門に扱うスペインの映画祭)ではメイクアップ賞(ブノワ・レスタン/アドリアン・モロ)を受賞し、ヨーロッパ・ファンタジー部門でも評価された。※3
公開当初から批評家の評価は真っ二つに割れ、本作はニュー・フレンチ・エクストリームを代表する作品の一つとして位置づけられるようになった。
2015年にはケヴィン・ゴーツ&マイケル・ゴーツ監督によるアメリカ版リメイクが製作された。ロジェはこのリメイク版を気に入らなかったと伝えられている。※4
キャストには、グザヴィエ・ドランが出演しており、後に『マイ・マザー』(2009年)や『たかが世界の終わり』(2016年)で世界的監督となる彼の初期出演作の一つとなっている。※5
原題「Martyrs」は「殉教者たち」の意。※1
感想
強烈だった。
「倫理観がぶっ壊れている」という感想が真っ先に出てきた。フランス映画のこういう作品が持つ独特の気持ち悪さ——それは強い嫌悪感でもあるんだけど、別の言い方をすれば、それだけ心を揺さぶられているということだ。
前半の唐突さには正直面食らいました。リュシーがある一家を突然襲撃する場面、最初は彼女の妄想による暴走なのかと思わせられる。だが、それが違う。その認識がひっくり返った瞬間から、物語の空気が一変した。
中盤以降、アンナに降りかかるものを見ているのがつらかった。彼女はリュシーのためにすべてを投げ打って動いていたのに、その献身が報われない。全然、報われない。その徹底した「報われなさ」に、強い虚しさと悲しさを感じた。でも——そこを超えたとき、不思議なことが起きる。神聖なものに見えてくる、という言い方しかできない。
実際に人が死に向かっていく過程を見ているような、そのリアリティ。目を背けたいのに、目が離せない。これは人間が根源的に持つ、未知のものへの好奇心によるものだと思う。「世界のどこかで本当にこういうことが行われているのでは」と思わせるリアリティが、単なるグロ映画との違いだった。
本作を観たのは、『中国の植物学者の娘たち』(ダイ・シージェ監督、2005年)に出演していたミレーヌ・ジャンパノイが気になっていたから。グロいのは分かった上で観始めたが、その内容はかなりいかれていて、ショッキングでした。それでも最後の映像とスコアによって、切なさが残る。すごいものを見た、という感覚が確かにある。
そして気づいたら——グザヴィエ・ドランがいた。全然わからなかった。こんな映画に出ていたとは。
他の人の見方
公開当時は『ホステル』『ソウ』などと並ぶ凄惨な暴力描写の作品群と見なされた一方、物語の二段構造と哲学的考察によって熱狂的ファンを獲得した、という評価がある。※6
公開当初から批評家の評価は賛否に割れ、ニュー・フレンチ・エクストリームとの関連で語られ続けている。ジャンルの慣習を下敷きにしながらも、その境界を超えた唯一無二の何かを達成している——という見方がある一方で、過剰な暴力描写への嫌悪感を率直に表明する声も根強い。どちらの反応も、本作が観る者に真剣な問いを突きつけていることの証拠だろう。
また、本作は『サブスタンス』(コラリー・ファルジャ監督、2024年)や『TITANE/チタン』(ジュリア・デュクルノー監督、2021年)など、現代フランスを代表する女性作家のボディホラー・身体性映画にも影響を与え続けているとされる。※6
こんな人に
・フランスのエクストリームホラー(ニュー・フレンチ・エクストリーム)に興味がある人
・単なるスプラッターではなく、哲学的・宗教的テーマを持つホラーを探している人
・『サブスタンス』や『TITANE/チタン』を観て、そのルーツを辿りたい人
・グザヴィエ・ドラン(監督として世界的に知られるカナダの映像作家)の原点を見てみたい人
・「映画史に残る問題作」と呼ばれる作品を、一度は体験してみたい人
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