視聴方法
Prime Video・U-NEXT・Lemino・J:COM STREAM・TSUTAYA DISCASで取り扱い確認済み(2026年6月時点)。見放題/レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。
あらすじ
かつて一世を風靡した女優エリザベス・スパークル(デミ・ムーア)は、今は朝のエアロビクス番組の顔として日々をこなしていた。50歳の誕生日を境に番組を降板させられた彼女のもとに、ある日「サブスタンス」と呼ばれる謎の薬品が届く。それを使えば、「もうひとりの自分」を生み出せるという。若く美しい分身スー(マーガレット・クアリー)が誕生したとき、エリザベスの日常は取り返しのつかない方向へ動き始める。
見どころ
1. 徹底的なわかりやすさが生む”滑稽さ”という快感
この映画、説明がすごい。ストーリーを露骨なまでに丁寧に積み上げることで、かえって異様なおかしさが生まれる。「あ、次こうなるな」とわかった瞬間に案の定そうなる——そのテンポ感が心地よく、気づけば映画のリズムに乗せられている。ただの親切設計ではなく、「わかりやすさ」を意図的な演出として使っているところが巧みだった。ファルジャ自身が「映画言語は言葉ではなく、ビジュアルとサウンドで語るもの」と語るとおり、セリフへの依存を極力排した設計が、この”滑稽さ”の源泉になっている※1。
2. クローネンバーグ『ザ・フライ』直系のボディホラー
監督のコラリー・ファルジャ自身が、本作に最大の影響を与えた作品としてデヴィッド・クローネンバーグの『ザ・フライ』(1986)を挙げている※2。身体を裂き、肉と神経を直に晒し、そこから「もうひとりの自分」が爆誕する——その物理的な変容を、CGに頼らずプロステティック(特殊メイク)と実物大造形でやりきる胆力は、まさに『ザ・フライ』直系だ。プロステティックは毛穴や静脈の一本一本まで造形されており、ムーアとクアリーはグルーとシリコンに何時間も浸かりながら撮影に臨んだ。第97回アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したのは必然だった。
3. ルッキズムとエイジズムを正面から殴る寓話
プロデューサーの名前が「ハーヴェイ」なのは偶然じゃない。性加害で映画界を追放されたハーヴェイ・ワインスタインを露骨に参照した皮肉的な命名と読める※3。本作の核は、50歳の女優を「お役御免」扱いするハリウッドのエイジズム(年齢差別)。ルッキズムに加え、年齢を理由に女性を市場から排除する構造そのものに、ファルジャは正面から拳を入れに来ている※4。フェミニズム映画として観客を誘いながら、最終的にはもっと別の場所へ着地していく構造の鋭さは、ぜひ自分の目で確かめてほしい。
制作背景
本作はコラリー・ファルジャの長編2作目。監督・脚本を手掛けた長編デビュー作『REVENGE リベンジ』(2017)は、トロント国際映画祭やサンダンス映画祭で絶賛された。その延長線上にある「女性視点のジャンル映画」のさらなる進化と位置づけられている※5。
ファルジャ監督は「人生が終わる気がした。もう面白い人間じゃなくなる。誰にも見てもらえなくなる」という強力な負のオーラを感じた経験が本作の原動力になったとIndieWireに語っている。「社会的規範が作る心の檻からなぜ脱出が困難なのか」という根本的な問いに焦点を当てた作品と位置づけている※6。
キャスティングについて。最初の候補者(デミ・ムーアではない)に送り出してから、6ヶ月間アプローチしたすべての女優にNOを突きつけられ続けた。それは「自分の最大の恐怖と向き合わせる役」であり、容易に引き受け手が見つかる仕事ではなかった。候補として浮かんだのが、ようやくデミ・ムーアだった。当初ファルジャは「断られるだけだから時間の無駄」と思っていたが、脚本を送ってみたところ、ムーアは前向きに反応した。なお、ハーヴェイ役を演じたデニス・クエイドについては、当初レイ・リオッタを想定していたが、リオッタが2022年に急逝したためキャスティングが変更されたとされる※7。
撮影手法について。ファルジャは財政的・創作的理由から、舞台がロサンゼルスの物語であるにもかかわらず、撮影地をフランスに選んだ。「LAでの撮影は費用がかさむ。予算を全部スクリーンに反映させたかった」というのがその理由だ。実際、本作はパリ近郊のスタジオとコート・ダジュール(南仏)のロケ地で全編撮影されており、南仏の地中海沿岸でロサンゼルスを再現してみせた。フランス撮影のメリットは「時間」でもあり、合計109日間の撮影日数を確保。監督は「自分のニーズに合わせて撮影を組み立て、クロースアップの撮り方という重要な部分を磨きこめた」と語っている。通常の女優との撮影終了後、さらに15日間を「ラボ」と呼ばれる少人数ユニット(監督含む5名)に絞り込み、プロステティックのクロースアップや細部の映像を撮り切るという独自のワークフローが採られた。
ファルジャは本作に影響を与えた映画として6本を公言している。デヴィッド・クローネンバーグ『ザ・フライ』(身体変容と人間の限界を超えるテーマ)、スタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』(台詞の最小化、スターゲート・シークエンスは光のトンネルの誕生シーンに直接反映)、コーエン兄弟『バートン・フィンク』(ハリウッドの腐敗、ハーヴェイ造形の元ネタ)、デヴィッド・リンチ『マルホランド・ドライブ』(LAを心理空間として描く手法)、ダーレン・アロノフスキー『レクイエム・フォー・ドリーム』(執着するヒロインの内面表現)、ジョン・カーペンター『遊星からの物体X』(終盤の変容シークエンスとプロステティック技法)の6本※2。
なお、エリザベス役のモデルはアカデミー賞を2度受賞しエアロビクスビデオでも知られるジェーン・フォンダとされている※6。
受賞歴。第77回カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞し、パルム・ドール候補にもノミネートされた。上映後には9分間のスタンディングオベーションを記録※8。第82回ゴールデングローブ賞(2025)ではデミ・ムーアが主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞。第97回アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演女優賞・脚本賞を含む5部門にノミネートされ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞。トロント国際映画祭観客賞も獲得している※8。興収面では1,800万ドルの製作費に対して7,700〜8,200万ドルを稼ぎ出し、MUBIの配給作品として史上最高の興収を記録した。
感想
ニヤニヤが止まらなかった。
老いと美しさを扱ったフェミニズム映画として文脈を作っておきながら、最後にとんでもないものをぶつけてくる。この策略、最高だった。
冒頭からもう面白い。朝のエアロビクス番組という馬鹿馬鹿しい舞台設定、プロデューサーの名前が「ハーヴェイ」という露骨な皮肉、トイレのシーンへ向かう流れのわかりやすさ。「あ、次こうなるな」と思った瞬間に案の定そうなる。このテンポが心地よくて、映画のリズムにあっという間に引き込まれた。
しかも、この映画は無声映画でも成立するんじゃないか、と思いながら観ていた。説明の多くを画と動きと音だけで成立させようとしている。チャップリン的な物語の運び方というか、サイレント期の映画が持っていた「見せれば伝わる」という潔さが、現代のホラー文法でやられている感じ。それが滑稽さと同居しているから、観ていて気持ちがいい。
「サブスタンス」を手に入れるくだりもそう。薬品の説明は極端に少ない。なんでそれが機能するのかも、どんな原理なのかもほとんど描かれない。でも、観客はもうなんとなくわかっている。だから説明しなくていい。この「雑さ」が意図的なんですよね。説明を省くことで、ビジュアル表現の自由度が上がる。結果としてアート映画的な質感が生まれていた。
スーを演じるマーガレット・クアリー(『哀れなるものたち』などで知られる若手女優)の美しさは、それだけで映画的説得力がある。一方でデミ・ムーア、普通に可愛いなと思いました。声がすごく可愛いし、仕草に女の子っぽさがある。歳を取っても心って変わらないんだなと、そういう細かいところにもじわっときた。
そして終盤。「モンストロ」の登場から先は、久々に映画館で「これは何を見せられているんだ」という興奮を覚えました。大体の映画ならあの手前で終わるはず。なのにそこからさらに続く。監督はこれをかましたかったんだなとわかる。ルッキズムやエイジズムのテーマに乗っかって観客を誘いながら、最後にB級・Z級映画の最悪な快楽をぶつけてくる。ある意味、観客を欺いた作品。でもその「欺き方」があまりにも楽しくて、腹は立たない。むしろ嬉しい。
音の使い方が上手くて気持ちよかった。ビジュアル表現はアロノフスキーの『レクイエム・フォー・ドリーム』と類似点があると感じたし、自己と対峙するラストの幻覚描写は『ブラック・スワン』を思わせた。そして何より、肉体が裂け、痛みを伴いながら変容していくあのテクスチャはクローネンバーグの『ザ・フライ』そのもの。でも辿り着く場所はトロマ映画。この振れ幅がとんでもない。
ただ中盤はやや中だるみが気になりました。そこだけが惜しかった。
自分の好きなことをすればいいんだ、と嬉しくなる映画。
他の人の見方
第77回カンヌ国際映画祭での上映後、9分間のスタンディングオベーションが起きたという事実が示すように、映画祭観客からは熱狂的な支持を集めた※8。
国内の批評では「クローネンバーグで始まりタランティーノで終わるエスプリの効いたボディ・ホラー」「ファウスト的悪魔契約の現代版」との位置づけもあり、身体変容のグロテスクなビジュアルと社会批評を両立させた点が評価されている※9。ゴア描写の過激さについては好みが分かれるとの声もある。
批評的には、ファルジャの脚本と演出、特殊効果、デミ・ムーアの演技が特に高い評価を受けた。トロント国際映画祭観客賞を獲得した点からも、批評的評価だけでなく一般観客にも広く届いた作品との評価がある※8。
こんな人に
・「老い」「美しさ」「年齢差別(エイジズム)」といったテーマに関心がある人
・クローネンバーグ『ザ・フライ』のボディホラーの系譜にいる映画を探している人
・アート映画もB級映画も愛せる、ジャンルの境界を気にしない人
・ラスト30分で「なんだこれは」と叫びたい人
・ホラー映画の「怖さ」が苦手でも、本作はコメディ的な滑稽さとビジュアルの派手さが中心なので、「すごいものを見た」感覚で楽しめる
関連商品
🎬 本編 Blu-ray
💀 監督の前作
🪰 本作が最大の影響源と公言する一本
出典
- ※1 Subculture Entertainment
- ※2 BFI
- ※3 映画.com
- ※4 @BAILA
- ※5 映画.com
- ※6 映画.com
- ※7 note: Josef K.
- ※8 ギャガ公式
- ※9 WIRED.jp




