視聴方法
DMM TV・ディズニープラス・TELASA・J:COM STREAMにて取扱いあり(2026年6月時点、Filmarks VODページ調べ)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。
あらすじ
天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって、異様な手術で蘇らせられた若い女性・ベラ(エマ・ストーン)。彼女の中には赤ん坊の脳が宿っており、成人女性の外見をもちながら、世界のあらゆることを初めて知っていく存在だ。放蕩弁護士のダンカン(マーク・ラファロ)と出奔し、ロンドンを飛び出してヨーロッパを旅するうちに、ベラは言葉と知識と欲望を手に入れ、少しずつ自分だけの世界観をつくりあげていく。
見どころ
1. モノクロからカラーへ—映像が「成長」する
冒頭約30分は白黒で撮影されており、物語が進むにつれて色彩が溢れ出す。撮影監督ロビー・ライアンによれば、モノクロパートは後からグレーディングで変換したものではなく、最初からモノクロ専用フィルムを使用しており、「モノクロ専用のフィルムを使うことにより、とても美しい画が撮れる」という。またカラーパートでは、かつて広く用いられた「エクタクローム」を全体の約3割に使用。コントラストと色彩がはっきりしたこのフィルムが、作品全体の色彩設計を決めるガイドになった。モノクロからカラーへの転換は、ランティモスが撮影開始のわずか8〜9日前に決断したものとされており※1、魚眼に近い超広角レンズによる周辺歪みを多用することで、観客はまるでベラの目を通して「世界を覗き込んでいる」感覚へと引き込まれる。
2. エマ・ストーンの身体演技
子どもの精神が宿った成人女性を演じるエマ・ストーンの身体表現は圧巻だ。動きにしなやかさと美しさを保ちながら、確かに「子どもがそこにいる」と感じさせる。とりわけダンスシーンは秀逸で、不穏な音楽の中で体を揺らし始めるその瞬間は、何かが始まってしまった恐怖と喜びが同時に押し寄せてくる。第96回アカデミー賞では主演女優賞を受賞し、エマ・ストーンにとって2度目の栄冠となった※2。撮影現場では、ランティモスが本番撮影を「カメラテスト」と偽ってスタートさせるという手法で俳優のプレッシャーを意図的に取り除いており、ストーン本人もその雰囲気を「プレッシャーのない状態だった」と振り返っている。
3. 衣装・美術・音楽が作る「もう一つの世界」
全編が完全セット撮影で、ロケなし。ミニチュアによる昔ながらの手法とCGを組み合わせて構築された世界は、ゴシック調の質感を持ちながら、現実でもファンタジーでもない独特の空気を纏っている。衣装デザイン(ホリー・ワディントン)と美術賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞もアカデミー賞で受賞しており、その世界観の密度は視覚だけにとどまらない。音楽を担当したのはジャースキン・フェンドリックス。ランティモスは彼のファーストアルバム『Winterreise』(2020年)を聴き、本作の世界観に通じるものを感じてオファーした。フェンドリックスはランティモスから「ほかの映画や映画音楽を一切参考にしないように」と指示を受け、脚本・セットデザイン・衣装イメージだけを素材として作曲していった。
制作背景
原作と映画化までの道のり
原作はスコットランドの作家アラスター・グレイによる1992年刊行の同名小説。英国のWhitbread賞とGuardian Fiction Prizeを同時受賞したゴシック・SF・哲学小説で、フランケンシュタイン的な構造を女性主人公に書き換えた作品だ。邦訳は高橋和久訳で、映画化を機に2023年9月にハヤカワepi文庫として新訳が刊行されている※3。
この映画化計画は2009年にランティモスがグレイとスコットランドで会い映画権を取得したことに始まるが、長らく棚上げ状態が続いていた。動き出したのは2017年、ランティモスが『女王陛下のお気に入り』(2018)でエマ・ストーンと仕事をしていた頃で、彼女に主役を打診するとストーンは即座に受諾し、製作者としても参加した。
キャスティングと撮影
脚本は『女王陛下のお気に入り』のトニー・マクナマラが担当。キャスティングはパンデミック期間中に行われ、主要キャストのほとんどが2021年に合流した。なお本作の一般公開はSAG-AFTRA俳優組合のストライキの影響を受け、当初予定の9月から12月へと延期となり、フェスティバル期間中にキャストがプロモーション活動に参加できない状況が生じた。
受賞歴
第80回ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された本作は、金獅子賞を受賞した。同回では濱口竜介監督『悪は存在しない』が銀獅子賞(審査員大賞)を獲得している。第96回アカデミー賞では11部門にノミネートされ、主演女優賞・美術賞・衣装デザイン賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞の4部門を受賞。第77回英国アカデミー賞(BAFTA)でも5部門を制した。第81回ゴールデングローブ賞では作品賞(ミュージカル・コメディ部門)と主演女優賞を受賞している※2。
ランティモスとエマ・ストーンは『女王陛下のお気に入り』(2018)以来の再タッグで、次作『憐れみの3章』(2024)でも引き続きコラボレーションを果たしており、3作連続の共同作業となっている※4。
感想
「アダルトブラックファンタジー」という言葉が、真っ先に浮かんだ。
ベラとゴッドが画面に現れた瞬間から、もう心を掴まれていた。個性的なキャラクターに、個性的な衣装と建物、不思議な音楽が重なって、白黒で映し出される世界。時に古典的なカメラワークが顔を覗かせて、これはどこへ連れて行かれるのだろうと、ただ息をのんで見続けた。
ヨルゴス・ランティモスの作品はいくつか観てきたけれど、本作は今まで見た中で一番見やすく、わかりやすかった。それは間違いない。でも—そのわかりやすさの中に、「わかった気になってしまっているもの」の重さがずっしり潜んでいた。子どもに「これ何? なんで?」と問われて、答えられない感覚。そういうものをたくさん放置して生きているのだと、静かに突きつけられた。
エマ・ストーンが素晴らしかった。子どもの演技でありながら、外見は美しい女性。その乖離がキャラクターとしての魅力になっていて、彼女に恋をしてしまったマックスに自然と共感できる。何より、動きにしなやかさと美しさが保たれているのが良かった。それが特に現れていたのがダンスシーン。不穏な音が鳴り響く中で体を揺らしながら踊り始めるあの瞬間—何かが始まってしまった恐怖と喜びが入り混じっていて、不思議な感動が走った。ベラが世界を知っていく姿と、ダンカンが不覚にも彼女に恋をして愛憎に苦しむ混沌が、あのシーンに凝縮されていた。
純粋なものが少しずつ汚れていく様子は、見ていて苦しくなる。構造としては最悪、と感じた。ベラがまだ子どもだから。でも、ベラ本人は大人になって知識が身についても、それを悪い経験と捉えていない。客観的に見た自分の感情と、ベラの内側にある感覚のずれ—その溝こそが、この映画の考察を呼ぶ核心だと思う。
性の描き方が独特だった。俯瞰して、まるで外から眺めるように性を映す。「なぜこれを悪いもの、不純なものと捉えているのだろう」と問い直させてくる視点は、他の作品では見たことがない。確かに、と思わされてしまうのが怖くて、面白い。
言葉によって世界の解像度が上がっていくベラ。でも彼女から発せられる言葉は、知識が増えるにつれて少しずつ抽象的になり、哲学的になっていく。世界は単純な言葉で表せるほど簡単ではない—そう言われているようで、妙に腑に落ちた。
音楽が特に好きだった。不安、切なさ、悲しみ、喜び、愛。それら全部が溢れてくるような音楽で、映像と一体になっていた。
事前にストーリーも予告も意識的に避けていたのが正解だった。想像していたものと全く違う世界が広がっていて、次に何が起きるかを楽しみながら観られた。と思ったら突然のあのシーンで—ああ、やっぱりヨルゴス・ランティモスだ、と笑ってしまった。
他の人の見方
第80回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した際には、「女性の自律と身体の解放を描いた現代的なフェミニズム映画」との評価が各方面から寄せられた※2。一方で、過激な性描写ゆえに評価は割れており、エマ・ストーンの肉体表現をめぐる議論も起きている。「衣装と美術だけで一見の価値がある」「ランティモス入門として最も観やすい」という声がある一方、「ストーリーより世界観の消費に終わっている」という見方も存在する※4。
こんな人に
・「女性の成長と解放」をテーマにした映画が好きな人
・衣装・美術・音楽といった映画の「質感」に没頭できる人
・ヴェネチア金獅子賞・アカデミー賞受賞作をひとつひとつ観ていきたい人
・道徳観や性の常識を揺さぶられることを恐れない人
・ファンタジーやホラーが入り口でも大丈夫な人—「難しい映画」という先入観なしに飛び込んでも、ベラという人物の魅力だけで引っ張ってもらえる。ランティモス考察の入門としても、いま最適な一本だ。
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