FIND US
← BACK / REVIEW
REVIEW

『教皇選挙』考察・感想|疑念が完成するラストの余韻(ネタバレなし)

『教皇選挙』考察・感想|疑念が完成するラストの余韻(ネタバレなし)

コンクラーベという密室で、100人を超える枢機卿たちが静かに票を動かし続ける映画だ。エドワード・ベルガー監督が「疑念を持ち続けること」を主人公の軸に据えた政治ミステリーで、その問いかけは選挙の場をはるかに超えて届いてくる。

※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

Prime Video、Hulu、U-NEXT、WOWOWオンデマンド、TSUTAYA DISCASほか複数サービスで取り扱いあり(2026年9月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。

Amazon Prime Video

作品データ

監督 エドワード・ベルガー

脚本 ピーター・ストローハン

原作 ロバート・ハリス(2016年刊)

主演 レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ

共演 ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニ、セルジオ・カステリット

製作年 2024年

上映時間 120分

ジャンル 政治ミステリー・ドラマ


あらすじ

信仰と権力の密室で、疑念を持ち続ける一人の枢機卿の物語。ローマ教皇が突然この世を去り、次の教皇を選ぶための秘密選挙「コンクラーベ」が始まる。世界各国から集まった枢機卿たちを取りまとめるのは、イギリス出身のローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)。厳格な手続きのなか、候補者たちの間では疑念と駆け引きが渦巻き始める。そこへ、誰も知らなかった新たな枢機卿が姿を現す。神聖な場所で繰り広げられる、静かで緊張感に満ちた権力の物語。

見どころ

政治サスペンスと宗教美術が交わる密室劇として、複数の層で楽しめる作品になっている。

繰り返される投票が生む、独特の緊張感

一定数の票が1人に集まるまで何度でも行われる投票という仕組みが、物語に独特のリズムを与えている。次はどこに票が動くのか。誰が誰を警戒しているのか。選挙の構造そのものがサスペンスの装置になっていて、気づけば観客自身も枢機卿たちの思惑を追いかけている。

確信と疑念のあいだで揺れる主人公の軸

ベルガー監督がレイフ・ファインズと共に脚本を読み込みながら作り上げたのは、確信ではなく疑念を持ち続ける人間の内面の旅だと語っている。主人公ローレンスのその姿勢が物語の背骨となり、終幕の「爆弾」を受け止めるための土台になっている。※1

ラストが手渡すもの——答えを出さないことへの誠実さ

ネタバレなしに言えること:この映画は、きれいに着地させない。疑念を疑念のまま手渡してくる終わり方で、余韻が長い。ラストで何かが「解決」するわけではなく、何かが「完成」する。その違いがこの作品の品格に繋がっていて、観た後にしばらく頭の中で反芻し続けることになる。

美術と撮影が作り出す、宗教画的な空間

撮影を担当したのは、撮影監督ステファーヌ・フォンテーヌ。フォンテーヌの陰影を活かした照明はノワール的な謎と陰謀の雰囲気を醸し出している。第97回アカデミー賞では美術賞・衣装デザイン賞にもノミネートされており、その空気感は映像だけでも十分に語っている。※2

制作背景

前作『西部戦線異状なし』でオスカーを獲得したエドワード・ベルガー監督の次作が、ロバート・ハリスの2016年スリラーを原作とする本作だった。撮影前にレイフ・ファインズと脚本の各シーンを丁寧に確認しながら、主人公ローレンスが経験する「疑い」の内なる旅こそが本作の核心だと定めていた。ただのミステリーではなく、信仰と権力のあいだで揺れる人間を描くことへの意識が、脚本段階から徹底されていたという。※1

撮影現場には脚本家のピーター・ストローハンが常に監督と共に参加し、ベルガー監督はセリフについて細かく確認やアドバイスをストローハンに求めながら撮影を進めていった。撮影はローマの老舗チネチッタ撮影所を中心に行われた。

バチカンを舞台にしながら、現地での撮影には制約が伴う。バチカンは聖地としての性質を守るため、敷地内での撮影を一切許可していない。美術デザインを担当したスージー・デイヴィーズは、その制約の中で独自の解決策を取った。システィーナ礼拝堂での撮影が不可能だったため、プロダクションチームは10週間でレプリカを建造した。その作業は徹底したもので、デイヴィーズはオリジナルセットを建てた地元の職人たちを探し出し、「10週間でシスティーナ礼拝堂をもう一度組み上げた」と語っている。

枢機卿たちが滞在する聖マルタの家のセットも、スタジオ内に丸ごと再現された。「伝統的で美しく荘厳で古色を帯びたローマとバチカンの要素と、鋭く空気のない閉鎖的で苛酷なデザインの対比こそが面白かった」とデイヴィーズは語っている。その空間は圧倒的かつ抑圧的に感じられるよう設計されており、「蛍光灯のうなり声と空調の音がかすかに聞こえるくらいに、空気を全部吸い出したかった。自然光もない。何も生きていない。できる限り長い廊下を作った」とデイヴィーズは述べている。

脚本はピーター・ストローハンが手がけ、第97回アカデミー賞で脚色賞を受賞した。第82回ゴールデン・グローブ賞脚本賞、第78回英国アカデミー賞に続いてのオスカーで、13年ぶり2度目のノミネートでの初受賞となった。※3

受賞実績は多岐にわたり、第77回英国アカデミー賞では作品賞・英国映画賞・脚色賞・編集賞の4冠を獲得。アカデミー賞でも作品賞・主演男優賞(レイフ・ファインズ)・助演女優賞(イザベラ・ロッセリーニ)を含む8部門ノミネートという結果を残した。※4

原作との主な違いについて

原作は、英国人作家ロバート・ハリスが2016年に発表した小説「Conclave」。日本語版は人見謙剛による翻訳版が「教皇選挙」のタイトルで刊行されている。映画と小説のあいだにはいくつかの相違点が存在し、最も顕著なのはベニテス枢機卿の出身地と言語背景の違いで、小説ではフィリピン出身の英語話者として描かれているが、映画ではメキシコ出身でスペイン語と英語を話す人物として設定が変更されている。また、原作では主人公の名前はロメリというイタリア人だが、レイフ・ファインズがイギリス人であるため映画ではイギリス人に国籍変更された。この変更について原作者のハリスは当初異議を唱えていたが、最終的に製作に加わった。

感想

正直なところ、コンクラーベという選挙の仕組みをよく知らないまま観始めました。枢機卿という言葉は聞いたことがあっても、それが具体的に何者で、どんな権限を持っているのかはうっすらとしか知らなかった。でもそれで良かったと今は思っている。知らないから、ローレンスが選挙を仕切る側の困難をリアルに感じられた。

世界から集まる枢機卿たちは、それぞれ国籍も思想も信仰の解釈も違う。イギリス、アメリカ、ナイジェリア、カナダ、イタリア、そしてメキシコ。誰が何を考えているのかわからないまま選挙が始まり、票が動くたびに構図が変わる。一定数を超えるまで繰り返される投票という仕組みがこれほどサスペンスになるとは思っていなかった。次の開票でどこに票が流れるかを追っているうちに、気づけば自分も密室の中にいる感覚になっていた。

主人公ローレンスが選挙に際して語る言葉がある。確信を持つのではなく、疑念を常に持ち続けること。これが物語の軸になっているのだが、観終わってから、その言葉の射程がずっと長かったことに気づく。選挙の場だけに限らない。全ての物事に対して疑念を持つという姿勢は、宗教という絶対的な拠り所を持つ人間がそれでも問い続ける、という意味を持っていて、それが最後まで一本の芯として貫かれている。

外の世界で起きるテロ、爆発。窓が壊れるシーンがある。閉鎖された密室の内側の物語を描きながら、外の世界を強烈に感じさせる作り方で、あのシーンはしばらく頭に残った。ふと見上げると、そよ風が吹き込んでくる壊れた窓。楽しそうに歩いていくシスターの姿。激しい出来事の直後に差し込まれる、あの静けさの扱い方が情緒的だった。激しさの中の静けさ、静けさの中の激しさ、というのが映画全体のトーンで、その交互が最後まで飽きさせない。

そして、昨今の映画で評価される作品には多様性という要素が欠かせない、とよく言われる。今作もまさかそのど真ん中に向かっていくとは、正直思わなかった。ただ、安易な「多様性の消費」ではない。それが物語の核心にある疑念というテーマと接続されていて、だからこそ単なるサプライズとして消費できない重みがある。

最後に爆弾を持ってきて終わるのが好きだ、という感覚は、観た直後からはっきりあった。きれいに着地させるのではなく、疑念を疑念のまま手渡してくれる終わり方。余韻が残るというのはこういうことで、答えを出さないことへの誠実さが、この映画の品格に繋がっていると思う。

他の人の見方

映画.comのレビュー(922件、平均4.0点)では、「役者の重厚でしっかりとした演技と美しい映像が見応えがあり不思議と長いとは思わない」との評価がある。※5

映画ナタリーのアカデミー賞ウォッチャーへのインタビューでは、「古いどころか、むしろ前衛」「オスカーにもふさわしい風格を持った作品」との評価がある。※6

撮影面については、「重厚さ漂う見ごたえあるドラマは久しぶり」「構図が宗教画のように荘厳」と、撮影監督ステファーヌ・フォンテーヌの仕事を高く評価する声がある。※7

こんな人に

・密室で繰り広げられる心理戦・政治劇が好きな人
・宗教や選挙といった「制度」を舞台にしたミステリーを楽しみたい人
・美術・衣装・撮影など、映像の格式にこだわりがある人
・現代社会の分断や多様性をテーマにした作品を追いかけている人
・洋画のドラマ系が初めてでも、テンポよく観られるサスペンス仕立てなので入りやすい


SHARE