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『ボイリング・ポイント/沸騰』考察・感想|90分ワンショットが残すもの(ネタバレなし)

『ボイリング・ポイント/沸騰』考察・感想|90分ワンショットが残すもの(ネタバレなし)

監督 フィリップ・バランティーニ

脚本 フィリップ・バランティーニ、ジェームズ・カミングス

主演 スティーヴン・グレアム、ヴィネット・ロビンソン

共演 レイ・パンサキ、ハンナ・ウォルターズ、マラカイ・カービー、タズ・スカイラー、ジェイソン・フレミング

撮影監督 マシュー・ルイス

製作年 2021年

上映時間 94分

ジャンル スリラー、ドラマ

日本公開 2022年7月15日


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

Prime Video、U-NEXT、DMM TV、Lemino、TSUTAYA DISCASなど複数のサービスで取り扱いあり(2026年9月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。

あらすじ

ロンドンの人気高級レストランに勤めるオーナーシェフのアンディ(スティーヴン・グレアム)は、クリスマスシーズン前で最も忙しい金曜の夜、満員の店内で次々とトラブルに見舞われる。妻子との別居、食品衛生の査察による評価ダウン、ライバルシェフの突然の来店とグルメ評論家の同席、問題を抱えた常連客、スタッフ間の緊張。全編94分、ノー編集・ノーCGのワンショットで撮影された本作は、崖っぷちに立つ一人の男の一夜を、息を呑むほどリアルに映し出す。

見どころ

ノー編集・ノーCGの完全ワンショット——形式そのものがスリラーになる

全編90分を驚異のワンショット撮影で捉えており、正真正銘のノー編集で、CGも未使用という徹底ぶり。カットが一度もない。カメラはロンドンのレストランを縦横に動き続け、編集という「逃げ場」がない撮影方式が、観ている側の緊張感を自然と高め、まるでその場に立っているような没入感をもたらす。映画としての形式そのものがスリラーとして機能している、という構造が本作の核心にある。

飲食業界を知る者にしか書けないリアリティ

監督バランティーニ自身、俳優業の収入だけでは生活が成り立たず、12年間キッチンで働き、下から上へと経験を積み、ヘッドシェフにまで至った。厨房の動き、スタッフ間の緊張、さまざまな客の言動——スクリーンに映るものすべてに、体で知っている人間にしか書けないリアリティが宿っている。バランティーニは、物語の多くのアークを自身のヘッドシェフとしての経験と、業界で働く知人たちの体験から着想した。

ラストが残すもの——90分間を「一本の呼吸」で生きた先に

ワンショットという形式は、ラストシーンをどこか必然的な場所へ連れて行く。編集で感情を刻めない分、クライマックスへの圧力は画面の中でずっと蓄積され続ける。結末そのものはここでは明かさないが、90分という時間が一切切れ目なく積み重なった末に何が起きるか——その重さは、観終えた後しばらく離れない。「ボイリング・ポイント(沸騰点)」というタイトルの意味が、ラストにきてようやく体感として腑に落ちる作りになっている。

群像劇としての重層的な人間ドラマ

主人公のシェフを軸に、厨房スタッフ、ホールスタッフ、来店客それぞれの事情が絡み合う。監督は本作に、メンタルヘルスだけでなく、人種差別、同性愛嫌悪など日常的に起こっている社会問題への関心を入れ込んでおり、観た人が身近な問題に気づくきっかけになることを意図した。90分という限られた時間のなかで多くの人物が鮮明に浮かび上がる構成の巧みさは、単なるワンカット映画という以上の物語の豊かさを持っている。

制作背景

本作は、2019年にBIFAノミネートを果たした短編『ボイリング・ポイント』を長編化したもので、両バージョンともスティーヴン・グレアムが主演し、ワンショットで撮影されている。監督のバランティーニは短編が映画祭で高い評価を得たことで、次はワンショットで長編の旅に観客を連れて行きたいという意欲を持つようになった。※1

脚本はバランティーニと、以前から組みたかったというジェームズ・カミングスとの共同執筆で、二人はすぐに物語の骨格を作り上げた。長編化にあたり入念なリハーサルを重ね、当初は合計8回の本番撮影を予定していた。しかしコロナ禍のロックダウンによって撮影は中断を余儀なくされ、最終的に本番撮影は4回にとどまった。採用されたのは3回目のテイク。監督は「3回目の前半と4回目の後半を使いたかったが、ワンショットが絶対条件のため3回目を採用した」と明かしており、完璧主義者である自身が不完全さを受け入れる決断をしたとも語っている。※2

主演のスティーヴン・グレアムはこのワンショット長編への参加を「映画の現場で経験した中で最も刺激的な感情の連続だった」と語っている。

本作は2021年8月23日、第55回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でワールドプレミア上映され、イギリスでは2022年1月7日に劇場公開された。日本公開は同年7月15日。第75回英国アカデミー賞(BAFTA)では英国作品賞、主演男優賞、キャスティング賞、新人映画賞の4部門にノミネートされ、英国インディペンデント映画賞(BIFA)では最多11部門にノミネート、助演女優賞、キャスティング賞、撮影賞、録音賞の4部門を受賞した。

撮影監督はマシュー・ルイス。撮影はロンドンに実在するレストランで行われた。その後、本作の続編としてBBCシリーズが制作されることが2022年に発表され、2023年初頭から撮影が始まった。全4話のシリーズは2023年12月にBBC Oneで公開されている。

感想

ワンショット・ワンカット映画、という時点で、もうかなり好きです。そもそもこの手法自体がチャレンジングで、形式への興味だけで観始めても十分に報われるタイプの映画。それに加えてストーリーや展開も良い。90分間、一度もカットが切れないまま、人生とは何なのかを考えさせられた。

ワンショットという形式は、ごまかしを許さない。編集という「逃げ場」がないから、俳優は90分間ひとつの流れのなかで生きなければならないし、カメラもミスを取り返せない。3回目のテイクが採用されたという撮影の裏話を知ると、スクリーンに映るすべての瞬間に「この一本しかない」という緊張感が宿っていることの意味がわかる。監督は「3回目の前半と4回目の後半を使いたかったが、ワンショットが絶対条件」という理由でその判断を捨てた、と語っている。完璧主義者が不完全さを受け入れた、その決断の跡が映画の全編に滲んでいる。

観ながらずっと、「わかるわー」と思っていた。もとレストラン経験者として、厨房の動き方、スタッフ間の空気、あの種の客への対応——いちいちリアルで、うなずきながら見ていた。ただ、あの人数であのお客さんの数を捌くのは、正直きついと思う。設定の上の話とわかっていても、現場感覚がある人間には気になってしまうくらいのレベル感で、それだけ描写に説得力があるということでもある。監督フィリップ・バランティーニ自身が約12年間シェフやウェイターとして働いてきた人で、その経験が脚本の隅々に滲み出ているのは観ていて明らかだった。

飲食の仕事を知っていると、この映画は単なる「崖っぷちの一夜」の話として以上に見えてくる。満員の店内、査察、スタッフの人間関係、問題を抱えた客——これらはフィクションとして盛られているが、根っこにあるものは本物の疲弊と、それでも回し続けなければならない現場の論理だ。労働現場が限界点を迎える瞬間を描く作品として、単なる労働賛歌に終わらない鋭い視点があるという指摘もあって、その読み方は正しいと感じる。

同じ飲食業界を舞台にした映画として、『ディナーラッシュ』(2000年、ボブ・ジラルディ監督)と並べて観ると面白い。厨房の内側という同じ場所を、どう切り取るかという方法論の違いが際立つ。向こうは編集を武器にした映画的な語り口で、こちらはカットレス・リアルタイムの没入感。どちらが「リアル」かというより、リアリティの作り方が根本的に違う。

90分、ノーカットで人生について考えるとは、こういうことか、と思った。大げさに聞こえるかもしれないけど、ワンショットという形式には、それを強制するちからがある。逃げ場がないのは、観客も同じなのだ。

他の人の見方

アメリカの映画批評サイト、Rotten Tomatoesでは驚異の99%フレッシュを獲得している(2022年3月末時点)。映画.comのユーザーレビューでは、ワンカット撮影による臨場感や緊張感を評価する声が多く寄せられている。※3また、本作は飲食業界のリアルを浮き彫りにした作品として、単なる労働賛歌に終わらない社会批評性を持つとの指摘がある。※4

こんな人に

・ワンショット・ワンカットという映画の形式そのものに興味がある人
・飲食業界や接客業の経験があり、現場のリアルを知っている人
・派手なアクションではなく、人間のやり取りと心理的な緊張感で引っ張る映画が好きな人
・『ディナーラッシュ』など、レストランを舞台にした群像劇が好きな人
・難しい映画理論や専門知識がなくても、94分リアルタイムで体感できる作りになっているので、普段あまり映画を観ない人にもおすすめ

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