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『不気味なものの肌に触れる』考察・感想|触れることでしか届かない理解(ネタバレなし)

映画『不気味なものの肌に触れる』の場面写真

監督 濱口竜介

脚本 高橋知由

主演 染谷将太、渋川清彦、石田法嗣

振付 砂連尾理

製作年 2013年

劇場公開 2014年3月1日

上映時間 54分

ジャンル 中編ドラマ


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

主要VODサービスでの定常配信および国内でのBlu-ray・DVD販売は現時点では確認できていない。劇場リバイバル上映、CS・BSでの特集放送、シネマテークや名画座での特集プログラムが主な鑑賞機会となる。配信状況は変動するため、最新情報は各プラットフォームで随時確認してほしい。

あらすじ

父を亡くした少年・千尋は、腹違いの兄・斗吾とその恋人・里美のもとへ引き取られる。温かく迎えられても、胸の孤独は消えない。そんな千尋は、同い年の青年・直也とのダンス練習にのめり込んでいく。肌が触れる寸前まで密着しながら互いの動きに呼応しあう、エロティシズムをはらんだ舞。だがやがて、ふたりの街には不穏な出来事が忍び込んでくる。

見どころ

接触の寸前に宿るもの

主演は濱口とは初タッグとなる染谷将太、『PASSION』以来5年振りの渋川清彦、『THE DEPTHS』以来3年振りの石田法嗣——この三者の距離感が、映像全体のテンションを決定づけている。

なかでも染谷将太と石田法嗣が演じるダンスシーンは圧倒的だ。決して互いの肌に触れずに(たとえ2ミリに接近しても接触してはならない規則)、上半身が裸で下は黒の長ズボンのふたりが共鳴しあう。その「触れない距離」が、映像として確固たる存在感を持つ。評論家・結城秀勇は「接触の瞬間に踊りが中断する設計は、『肌』と『触れる』の間にある運動そのものだ」と論じている※1

「わかる」とはどういうことか

カフェで交わされる「怖いもの」についての会話が、作品のテーマを静かに照らし出す。人が触れてほしくない部分に怖さを感じること。そこに触れると怖さは消えること——「わかった」から。この対話が、終盤の出来事を読み解く鍵になる。言葉で語られる「理解」と、身体で示される「接触」が、ひとつの問いとして重なり合う。

本作は「不気味なもの」と正面から向き合う映画だが、ホラーではない。人が「触れてはならない」ものに触れた時、「パンドラの箱」を開けたように世界が壊れる、その「予兆としての映画」として設計されている。「わかる」という行為がいかに暴力的でありうるか。54分という短い尺の中に、その問いが凝縮されている。

濱口竜介の演出が凝縮された54分

濱口監督は、キャスティングが決まった時点で脚本家の高橋知由に書き始めてもらった「宛て書きに近いもの」であり、「それぞれの方の元々持っているものがちゃんと出ている脚本」だったと語っている。それは単なるセリフ割り当てではなく、俳優という存在そのものを素材とした演出の徹底だ。

染谷将太と石田法嗣のダンス、渋川清彦の不穏な存在感、瀬戸夏実の生活感という三つの軸が、OUTSIDE IN TOKYOのレビューでは「肌に触れる/触れないギリギリの距離感を持つ画面を作り出している」と評されている※2

制作背景

企画の起源——長編『FLOODS』への序章

「THE DEPTH」「親密さ」といった作品で注目を集め続ける映画作家・濱口竜介監督が、構想途中の長編映画「FLOODS」の前日譚として撮りあげた中編ドラマ。本作は、構想段階にある長編『FLOODS』へと繋げていく中編。予告編はYouTube掲載後すぐに再生回数が1万回を突破し、より多くの観客に作品を届ける手段として、2013年9月4日よりインターネット配信が行われた※3

濱口竜介という監督——黒沢清の教え子

1978年12月16日、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る※4。在学中は黒沢清監督らに師事し、後に東日本大震災の被災者へのインタビューから成る「東北記録映画3部作」と呼ばれるドキュメンタリー群(11〜13)や、4時間を超える長編「親密さ」(12)などを経て、15年に発表した「ハッピーアワー」でロカルノ国際映画祭やナント国際映画祭など、数々の国際映画祭で主要な賞を受賞し、一躍注目を集める※5。東京芸大の大学院映像研究科で師弟関係にあった黒沢清と濱口竜介は、作品のスタイルは違えども、互いに影響を与え合い続けている※6。本作で感じ取れる不穏な「空気の質」は、この師弟関係から切り離して語ることができない。

上映歴とキャリア上の位置づけ

本作は、2013年6月29日〜7月19日の特集上映「濱口竜介 プロスペクティヴ in Kansai」にて初公開。それ以来スクリーンでは「第17回水戸短編映像祭」、「PFF2013 名古屋会場・東京会場」、「第5回神戸ドキュメンタリー映画祭」などに登場し、劇場公開は2014年3月1日となった※7

濱口竜介のフィルモグラフィにおいて本作は、4時間超の長編『親密さ』(2012年)と、5時間17分の大作『ハッピーアワー』(2015年)の間に位置する。54分という尺も偶然ではなく、長編への接続を意識した構造的選択だといえる。

スタッフ・キャスト

脚本は高橋知由が担当。高橋は後に、濱口竜介・野原位とのユニット「はたのこうぼう」として『ハッピーアワー』の共同脚本にも参加している※8

振付を担当した砂連尾理は、振付家・ダンサーとして、障がい者劇団ティクバとの「Thikwa+Junkan Project」、舞鶴の高齢者との「とつとつダンス」など多彩な身体コミュニケーション実践で知られ、本作への振付・出演も手がけた※9。「触れない接触」というダンスの概念は、この砂連尾のメソッドと濱口の演出思想が交わった地点から生まれている。

主演の染谷将太は、第68回ヴェネチア国際映画祭で、二階堂ふみと共にマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人俳優賞)を受賞した『ヒミズ』(2011年)直後の出演作にあたる※10。濱口との初タッグである本作は、染谷のキャリアにおける重要な転換点のひとつに位置づけられる。

感想

黒沢清監督の『CURE』を観たときの感覚が、ふと蘇ってきた。最初は短絡的な連想だと思っていたけど、濱口竜介と黒沢清は、東京芸大の大学院映像研究科で師弟関係にあった。この見え方は、あながち間違っていなかったかもしれない。人が死んでいる描写の怖さにも、確かに黒沢イズムを感じた。

印象に残ったのは、ワークショップを思わせるシーンの数々。人との距離やコミュニケーションの複雑さというテーマが、こういう形で映像になっているのを見られたことは、純粋にありがたかった。実際にこうした場を積み重ねてきたからこそ生まれた質感だと思う。

カフェで「怖いと感じるもの」について話すシーンが特に刺さった。触れてほしくないところに怖さを感じる。でも、そこに触れると怖さは消える——「わかった」から、と。この言葉が、終盤のあのシーンの補助線になっていた。直也は千尋の何かに「触れた」。でもそれが何かは、触れた直也にしかわからない。

わかるとは、わかろうと努力した者だけが得られるものだ。すぐに触れてもダメで、一定の距離を保ち続ける時間の中でしか浮かび上がってこないものがある。その過程と、過程の中にある感情こそが重要なのだと、強く感じた。

見応えは確かにあった。ただ、正直に言えば、意図が掴めない部分も多かった。でも、それは当然だとも思う。自分は千尋に触れていないし、触れようとすることもできない。画面の外で彼らの姿を見るだけの鑑賞者でしかないから。完全に拒絶されてしまった感覚と、それでも消えない強い好奇心——そのふたつが、54分間ずっと共存していた。

他の人の見方

評論家・結城秀勇は、本作について「『肌』と『触れる』の間にある距離を、不在としてではなく確かな存在として描こうとしている。何もないように見えるそこに、確かなものが存在することを観客に信じさせる稀有な試み」と高く評価している※1

OUTSIDE IN TOKYOのレビューでは、染谷将太と石田法嗣のダンス・渋川清彦の不穏な存在感・瀬戸夏実の生活感という3要素が「肌に触れる/触れないギリギリの距離感を持つ画面を作り出している」との評価がある※2

鑑賞者のあいだでは、「石田法嗣の背中が素晴らしい」「生活の不快感の積み重ねた先の小爆発」と読み解く声がある一方、「黒沢清を纏いすぎだ」と指摘しながらも「人間同士のあいだに生じる説明できない力」を核と評する声もある。ダンスシーンの可視化については賛否が分かれるが、賛否双方が作品から何かを受け取っていることは確かだ。

よくある質問

タイトル「不気味なものの肌に触れる」にはどんな意味がありますか?

「不気味なもの」とは、人が知りたくない、あるいは触れてはならないと感じる他者の内部——その「肌」に接触する行為が、作品全体の主題をそのまま言い表したタイトルだ。作中のカフェシーンで語られる「怖さ」の正体と直結しており、タイトル自体が作品の考察のための補助線になっている。

原作はありますか?

原作小説・漫画・戯曲などの原作は存在しない。脚本は高橋知由によるオリジナル脚本で、キャスティングが決まった時点で書き始めた「宛て書きに近いもの」だと濱口監督自身が語っている※7

構想中の長編『FLOODS』はいつ公開されますか?

本作は構想途中の長編映画「FLOODS」の前日譚として撮りあげた中編ドラマだが、2026年7月時点で『FLOODS』の完成・公開は確認されていない。濱口竜介はその後『ハッピーアワー』(2015年)、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)、『悪は存在しない』(2023年)と複数の長編を発表しており、『FLOODS』の行方は現在も多くのファンが注目している。

濱口竜介監督の他の代表作は何ですか?

2008年の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスで高い評価を得、その後『ハッピーアワー』(2015年)でロカルノ、ナントなど複数の国際映画祭で主要賞を受賞した。2021年の『ドライブ・マイ・カー』は再びカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、日本映画で初となる脚本賞を受賞。第94回アカデミー賞では国際長編映画賞を受賞した※5

染谷将太はどんな俳優ですか?他にどんな作品に出ていますか?

9歳のときに映画「STACY」でデビューし、園子温監督作「ヒミズ」で共演の二階堂ふみとともに、ベネチア国際映画祭のマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人俳優賞)を日本人で初めて受賞した※11。その後も『寄生獣』2部作(2014・2015年)、『バクマン。』(2015年)、陳凱歌監督の日中合作『空海 KU-KAI』(2017年)などに主演・出演。本作はそのキャリアにおける重要な転換期に位置している。

こんな人に

・濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』や『ハッピーアワー』を観て、その原点・初期作品の考察がしたい人
・黒沢清の作品に感じる「静かな恐怖」が好きな人
・身体とコミュニケーション、他者との距離感をテーマにした映像に興味がある人
・染谷将太の初期の仕事を掘り下げたい人
・難解な映画は苦手だが、短い尺で濱口竜介という監督の世界観に入ってみたい人

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