FIND US
← BACK / REVIEW
REVIEW

『小学校~それは小さな社会~』考察・感想|教育は、諸刃の剣(ネタバレなし)

小学校~それは小さな社会~

監督・編集 山崎エマ

公開日 2024年12月13日

上映時間 99分

ジャンル ドキュメンタリー

製作国 日本・アメリカ・フィンランド・フランス

英題 *The Making of a Japanese*

配給 ハピネットファントム・スタジオ


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

本作は Hulu・WOWOWオンデマンド・U-NEXT・FOD・Netflix の5サービスで見放題配信中です(2026年7月時点)。配信状況は変動するため、視聴前に各サービスで最新情報をご確認ください。

あらすじ

東京の公立小学校に通う1年生と6年生の学校生活を、春夏秋冬にわたって追ったドキュメンタリー。入学したての1年生が挙手の仕方から給食当番まで集団生活の規律を学ぶ一方、その手助けをする6年生は自分が何者かという自覚を育んでいく。コロナ禍のさなかに行事の実施可否をめぐって悩み続ける教師たちの姿も、ナレーションも解説も挟まず、ただ映し出す。掃除や給食の配膳などを子どもたち自身がおこなう日本式教育「TOKKATSU(特活=特別活動)」の様子をふんだんに収めながら、さまざまな役割を担うことで集団生活における協調性を身につけていく子どもたちの姿を映し出す。日本・アメリカ・フィンランド・フランスの4か国共同製作で生まれた、国境を越えた視点を持つ1本。

見どころ

ナレーションなしで「見せきる」演出の凄み

語りかけてこない。説明してこない。それでも何かが伝わってくる——この映画はそういう構造で成立している。子どもたちの表情、先生たちの言葉、教室の空気。ナレーションという補助線を一切引かずに99分を成立させる編集の密度は、ドキュメンタリーという形式の可能性を静かに広げてくれる。

リズミカルな映像と編集技術

「ただ撮った」ように見えて、そうではない。カットの繋ぎ方、場面の選び方、時間の流れの作り方——随所に意識的な映画的リズムがある。見ていて飽きない。むしろ引き込まれていく。ドキュメンタリーであることを忘れるほどの映像の快楽がある点は、この作品が多くの人に届く理由のひとつだろう。なお山崎エマ監督は本作で監督だけでなく編集も担当しており、そのリズムは一人の作家が映像と編集の両方を握っているからこそ生まれている。

子どもたちの純粋さが突きつけるもの

無邪気に笑い、ぶつかり合い、真剣に考える子どもたちの姿は、ただかわいいだけではない。その純粋さは、「教育という営み次第でこの子たちの未来はいくらでも変わる」という事実と表裏一体だ。押しつけがましい問いかけは一切ないのに、観終わった後に自然と教育のことを考えていた、という体験をもたらす1本。

ラストシーンが残すもの——答えではなく、問いとして

本作にはナレーションがない分、ラストの余韻はそのまま観客に委ねられる。結末が何かを「解決」するわけではなく、1年間という時間が静かに閉じていく。そのラストが清々しいのか、それとも何か引っかかりを残すのか——それは観た人によって、また自分自身の教育体験によって、まったく異なる着地点になるはずだ。ここが、本作が「答えを提示しない映画」である最大の証拠のひとつだと思う。

制作背景

山崎エマという作り手

イギリス人の父と日本人の母を持つドキュメンタリー監督・山崎エマは神戸生まれで、19歳で渡米しニューヨーク大学映画制作学部を卒業後、HBOやPBSなどで放送された作品の編集に携わった。長編初監督作品『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』ではクラウドファンディングで2000万円を集め、2017年に世界配給。夏の甲子園100回大会を迎えた高校野球を社会の縮図として捉えた『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』は、2020年米スポーツチャンネルESPNで放送し、日本でも劇場公開した。いずれの作品も「日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場」から日本を切り取るスタイルで、本作はその集大成といえる長編3作目にあたる。

企画の起点——「なぜ日本人は12歳で日本人になるのか」

ニューヨークに暮らしながら、山崎監督は自身の”強み”はすべて大阪で過ごした公立小学校時代に学んだ”責任感”や”勤勉さ”などに由来していることに気づいた。「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは”日本人”になっている。すなわちそれは、小学校が鍵になっているのではないか」との思いを強めた彼女は、公立小学校を舞台に映画を撮りたいと思った。

山崎監督が日本の小学校を撮影しようと決意したのは2014年のことだ。しかし公立小学校での長期撮影は前代未聞で、許可が下りる学校を見つけるまでには6年を費やした。ようやく東京・世田谷区の協力を得て撮影が可能となったが、今度はコロナウイルスの感染拡大が世界を襲い、撮影は延期を余儀なくされた。そして、パンデミックがまだ完全には収まりきらない2021年4月、コロナ禍の懸念はあるものの、むしろこの時期だからこそ撮れるものがあるかもしれないと、山崎監督は塚戸小学校にカメラを入れた。※1

撮影の規模と手法

舞台は東京の世田谷区立塚戸小学校。入学したての1年生と最上級生の6年生に焦点を絞り、コロナ禍の2021年度1年間を密着取材した。撮影は計150日間、700時間にも及んだ。なお監督の小学校滞在時間は4,000時間にのぼる。※2子どもたちがカメラを意識しなくなるまで通い詰めて撮影した700時間分の映像を、99分に編集した。※3撮影監督は加倉井和希、録音は岩間翼が担当し、音楽はパイビー・タカラが手がけている。

世界での反響と受賞歴

長編3作目となる本作は、2023年の東京国際映画祭でワールドプレミア上映された後、欧州最大の日本映画祭・ニッポン・コネクション(ドイツ)で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。北米最大の日本映画祭・ジャパン・カッツで観客賞を、韓国のEIDF(EBS国際ドキュメンタリー映画祭)で審査員賞特別賞を受賞。その他、各国の映画祭で絶賛された。※4教育大国フィンランドでは4カ月のロングランヒットを記録するなど、海外からも大きな注目を集めた。

本作から生まれた23分の短編版『Instruments of a Beating Heart』は、第97回アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。日本人監督による日本題材の作品では初のノミネートとなる。※5第97回アカデミー賞では受賞には至らなかったが、日本のドキュメンタリーの新たな地平を示した。

感想

舞台挨拶付きの上映で観ました。山崎エマ監督はとにかくよく喋る方で、聞きたかったことのほとんどを先に話してくれた。だから質問はしなかった。ただ、感動だけをそのまま伝えました。

10年以上ぶりに、映画館で泣いた。それも、おそらく場内でいちばん早く、序盤からフライング気味に。慌てて呼吸を整えようとしましたが、涙は止まりませんでした。

なぜそうなったのかは、今もうまく整理できずにいます。まず、目の前の子どもたちがあまりにも純粋で、輝いていた。それだけなら「いい映画だな」で終わる話かもしれません。でも、同時に一瞬で伝わってきたことがあった。この子たちの未来は、教育というものによっていくらでも左右されてしまうという事実。その重さが、画面の明るさと同じ速度で、こちらに飛び込んできたのです。

そこにさらに、自分の小学生時代が重なってきた。あの頃の自分もああだったかもしれない。先生たちは、こういう気持ちで毎日ぼくらと向き合っていたのかもしれない。そういう記憶と想像が、一気に感情として溢れてきました。

ただ、この映画が本当にすごいのは、そこではないと思っています。そうした感情を、押しつけてこないところにある。

ナレーションがない。解説もない。「この教育は正しい」「ここが問題だ」と誘導する声がどこにもない。子どもたちの姿と、悩みながら関わり続ける教員たちの姿と、日本の教育現場という場を——ただただ映し出している。それだけです。なのに泣かされた。なのに考えさせられた。なのに、映画が終わったあともしばらく頭から離れなかった。

この経験は、ドキュメンタリーというものへの認識を静かに更新するものでした。観る前のどこかに、「ドキュメンタリーはありのままをそのまま撮るべきで、演出的なものは排除すべきだ」という感覚があったのです。でも、本当にそうだろうか。

ドキュメンタリーも映画です。映画は、まず娯楽でもある。多くの人に届くためには、楽しんでもらえる形になっていなければいけない。そのことを、本作の映像と編集は静かに、しかし強く示していました。ミニマルでありながらリズミカル。情報を詰め込まず、それでも飽きさせない。この匙加減の精度は、並大抵の技術ではありません。

山崎エマ監督という名前を、今後も追っていきたいと思いました。舞台挨拶での饒舌ぶりが、映像の寡黙さとちょうど好対照で面白かった。語るべきことは映像で語りきる、という意思があの喋り方の裏に同居しているのかもしれない、などと勝手に想像しています。

日本の教育について具体的にどう感じたかは、ここには書きません。書くとしたら、この映画を観た人と、顔を見ながら話したいと思ったからです。そういう映画でした。答えを提示しないから、対話が始まる。そういう設計になっているのだと思います。

他の人の見方・評価

映画レビューサービスでは平均スコア4.0前後と、ドキュメンタリーとして高い評価を得ている。「日本の教育について考えるきっかけになった」という声や、「演出を感じさせないのに引き込まれた」という評価が多い。

国内にとどまらず、フィンランドでは「コミュニティづくりの教科書。自分たちの教育を見直す場になった」と絶賛の声が上がり、ドイツの上映では日本人の協調性についての活発な議論が生まれた。一方で、海外共同製作ゆえの「外から日本を見る構造」を新鮮と捉えるか、違和感と捉えるかは見る人によって分かれるようだ。賛否両論がある点も含めて、見た後に誰かと話したくなる映画であることは確かだろう。

よくある質問

タイトル「それは小さな社会」にはどんな意味がありますか?

英題は The Making of a Japanese で、「日本人はいかにして作られるか」という問いを直接的に表している。日本語タイトルの「小さな社会」は、小学校が単なる学習の場ではなく、子どもたちが集団生活・協調・責任といった社会の基本を初めて体験する場であることを指している。学校という「小さな社会」を映すことで、日本社会そのものの縮図を描こうとした監督の視点が、タイトルに凝縮されている。

撮影はどの学校で行われたのですか?

舞台は東京都世田谷区立塚戸小学校。住宅街にある児童数1000人の大規模校で、名物先生も名物校長もいない、ある種典型的な日本の公立小学校だ。公立小学校でのこうした長期撮影は前代未聞のことで、許可が下りる学校を見つけるまでに6年を費やした。その粘り強さ自体が、この作品への監督の並々ならぬ執念を物語っている。

受賞歴を教えてください。

本作は2023年の東京国際映画祭でワールドプレミア上映された後、欧州最大の日本映画祭・ニッポン・コネクション(ドイツ)で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。北米最大の日本映画祭・ジャパン・カッツで観客賞を、韓国のEIDF(EBS国際ドキュメンタリー映画祭)で審査員賞特別賞を受賞している。さらに本作から生まれた23分の短編版『Instruments of a Beating Heart』は、第97回アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、日本人監督による日本を題材にした作品としては史上初のノミネートとなった。※6

ラストシーンには、どんな意味があるのですか?

ネタバレになるため核心は伏せますが、本作のラストは「終わり」ではなく「また始まる」という構造を持っています。1年間という取材期間に対応するように、映画もある自然なサイクルのなかで閉じていく。ナレーションがないため、最後の沈黙と映像が、観客それぞれの「問い」として残る設計になっています。明確な答えも、感動を強要する音楽的な盛り上げもない。だからこそ、映画館を出た後も長く余韻が続く。

山崎エマ監督の他の作品は?

クラウドファンディングで資金を集めた初監督作『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』(2017年)はロサンゼルス映画祭でワールドプレミア後、日本で公開。2作目『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(2019年)は高校野球を通じて社会を描き、DOC NYCでプレミア、ESPNで放送、日本でも公開された。NHKでは『いだてん』紀行番組や『ETV特集』『ノーナレ』なども担当している。いずれも「日本をインサイダーとアウトサイダーの両方の目で見る」という一貫したスタンスで作られており、本作とあわせて観ると監督の視点の深まりがよくわかる。

こんな人に

・子どもを持つ親、または教育に関わる仕事をしている人
・自分の小学校時代を久しぶりに思い出したい人
・「説明しすぎない映画」が好きな人——ナレーションなしで成立する映像の力を体感したい人
・ドキュメンタリー映画に「説教臭さ」を感じて避けてきた人——本作は主張を押しつけず、ただ見せてくれる
・映画をあまり観ない人でも、テーマが身近な「学校」なので入りやすい1本
・映画を観た後に、誰かと話したくなるような作品を探している人

関連商品

📚 監督関連書籍


SHARE