視聴方法
本作はNetflixオリジナル作品として独占配信中(2026年7月時点)。他のVODサービスでの配信はなく、Netflixのみで視聴できる。日本では2019年3月にシネスイッチ銀座などで劇場公開もされており、物理メディアではCriterion Collection版のBlu-ray/DVD(輸入盤)が日本Amazonでも入手可能。
あらすじ
1970年代初頭、メキシコシティのコロニア・ローマ地区。中産階級の家庭に住み込みで働く家政婦のクレオは、子どもたちの面倒を見ながら、穏やかで慎ましい毎日を過ごしていた。しかし彼女の日常は、恋人との関係、そして国家を揺るがす大きな出来事によって静かに、しかし確実に揺さぶられていく。雇い主の女性ソフィアもまた、夫の不在という喪失を抱えている。身分も人種も違う二人の女性が、同じ痛みを通してゆっくりと近づいていく物語。
見どころ
水平移動するカメラが生む「立体」の逆説
一定の距離を保ちながら水平方向にパンし、客観的な観察者として物語の流れに観客を置くショットが、本作の映像的な核心のひとつだ。平面的になりそうでいて、コントラストの効いたモノクロ映像と組み合わさることで驚くほどの奥行きと立体感が生まれる。
その音響設計も見逃せない。フィールドレコーディング、劇中音楽、Dolby Atmos の空間配置を駆使し、1970年代メキシコシティの喧騒が画面と同等の密度で観客を包む音の宇宙を構築している。スコアは存在せず、「すべての音楽はラジオの中にあった」とサウンドデザイナーが語るように、環境音そのものがスコアの役割を担う。映画館のスクリーンとAtmos上映環境でこそ本作の本領が発揮されるつくりになっているのはそのためだ。
演技未経験者が担った主演という奇跡
アパリシオは妊娠中だった姉のエディスに付き添ってオーディション会場に訪れ、姉が「お腹の子がいるから無理ができない」と辞退した代わりに、自分が受けることになった。彼女は女優を目指してすらおらず、オーディションが行われることさえ知らずに同行していたのだった。
キュアロンは自身の幼少期のナニー、リボリア”リボ”・ロドリゲスをモデルにしたクレオ役を探すにあたり、先住民族のコミュニティへ積極的にリーチしていた。キャスティング・ディレクターによれば、その役のために3,000人もの女性を審査した末に選ばれたのが、幼稚園教諭を目指して資格を取ったばかりのアパリシオだった。「役を与えられたとき、彼女は演技をしているのではなく、その場を生きていた」とキャスティング・ディレクターは語っている。
こうして選ばれたアパリシオは、先住民系女性として初めてヴォーグ・メキシコの表紙を飾り、アカデミー賞にノミネートされた最初の先住民系女性となった。
個人の悲劇と歴史の暴力が交差する構成
本作の舞台となる1971年のメキシコシティには、実際に学生デモ隊が民兵組織に襲撃された「コルプス・クリスティの虐殺」、別名「アルコナソ(鷹の一撃)」と呼ばれる歴史的事件が存在する。1971年6月、「アルコネス(鷹)」と呼ばれる民兵組織が、約1万人の学生デモ隊に対して組織的に襲撃を行い、数十人が死亡、100人以上が負傷した。警察はこれを黙認した。映画のなかでキュアロンはこの史実を直接的には明示しないまま、クレオをその暴力の渦中に立たせる。クレオの個人的な痛みがこの国家的暴力と静かに交差する構成が、作品に単なる家族劇を超えた重さを与えている。
制作背景
アルフォンソ・キュアロン(『ゼロ・グラビティ』『トゥモロー・ワールド』で知られるメキシコ出身の映像作家)は1961年メキシコシティ生まれ。本作の舞台となるコロニア・ローマ地区は、彼自身が少年期を過ごした場所だ。主人公クレオのモデルは、キュアロン自身が育った家のナニーであり、監督は本作をその実話に基づいた物語として描いている。キュアロン本人は本作を「自分を育ててくれた女性へのラブレター」と語っており※1、撮影にあたっては当時の自宅と同じ間取りのセットを記憶通りに再現するというこだわりを見せた。
撮影監督は当初、長年の盟友であるエマニュエル・ルベツキ(『バードマン』『レヴェナント』などで知られる3度のオスカー受賞者)が担う予定だったが、スケジュールの都合で実現せず、キュアロン自身が撮影監督を務めることになった。それは結果的に、監督がひとりで過去と向き合うことを余儀なくされた経験となり、カラーで撮影しつつも白黒の写実的な絵画のように彫刻するという大胆な実験的選択へと繋がった。
キュアロンは約6ヶ月の準備期間をかけ、当初からモノクロームの映像を志向していた。モノクロ専用センサーを持つARRI Alexa XT B+Wと、カラー撮影後にポストプロダクションで脱色するARRI Alexa 65の2択で検討を重ねた。最終的に選ばれたのは後者のアプローチだ。6.5Kという高解像度で撮影することが、モノクロームへの変換に不可欠だった。キュアロンは「ノスタルジックな旧来の白黒にしてはいけなかった。現在というプリズムを通して過去を見る映画だから、粒子のない清潔な現代のモノクロームである必要があった」と語っている※1。
撮影は手持ち撮影を極力排し、ハンドヘルドが必要な小規模なカットにのみARRI Alexa Miniを補助的に使用した。たとえばクレオが家中の電気を順番に消していくシーンだけでも、45のカメラ位置を統合したワンカットに仕上げられている。また音響設計でも、フィールドレコーディングと劇中音楽、そしてDolby Atmos空間配置を駆使した没入型の音響宇宙を構築。キュアロンのサウンドチームはDolby Atmosを用いて、自身の記憶にある活気ある街の音の雰囲気で観客を包み込むことに心を砕いた。※1
受賞歴も歴史的だった。本作は第75回ヴェネツィア国際映画祭でワールドプレミアを迎え、最高賞の金獅子賞を獲得した。その後、第91回アカデミー賞では10部門にノミネートされ、作品賞・脚本賞・主演女優賞(アパリシオ)・助演女優賞(デ・タビラ)を含む史上最多レベルの候補作となった。そして外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門を制覇。メキシコ映画として初の外国語映画賞受賞となったほか、監督が自作の撮影賞を受賞するという映画史上極めて異例の快挙も達成した。※2
感想
静かだけれど、力強かった。
モノクロという選択が、この映画をどれほど研ぎ澄ませているか。色という情報が削ぎ落とされた分、光と影、顔の表情、空気の質感だけが残る。それがかえって、登場人物たちの内側にある怒りや悲しみを、皮膚の外まで滲み出させていた。
カメラの動きも印象的だった。水平方向にゆっくり移動しながら被写体を追うショット。説明もせず、急がず、ただそこにある生活をなぞっていく。平面的になりそうで、なぜかそうならない。コントラストの効いたモノクロ映像と組み合わさることで、画面に奥行きが生まれるのだ。デザインの仕事をしている関係で映像の構図には敏感なほうだと思うが、この逆説的な立体感には素直に唸らされた。これは映画館で見ないと本当に勿体ない、と感じた。
冒頭、犬の糞を水で洗い流すシーンがある。些細な日常の一コマのように見える。でも、終盤のある場面でその映像が脳裏によみがえったとき、涙が止まらなくなった。荒波と、洗い流すという動作。抑え込んでいたものが一気に解放されていくような感覚。ネタバレはしたくないけれど、この冒頭の画が後でこれほど効いてくるとは思わなかった。
静かな映画だ。でもその静けさの中に、抑圧の気配がずっと漂っている。クレオも、雇い主のソフィアも、それぞれ全然違う立場にいながら、同じように傷を抱えている。身分差、人種差、そういったものを超えて二人が近づいていく過程が、説明なく、台詞なく、でも確かに伝わってくる。
背景は1970年代のメキシコでも、現代の移民問題や人種差別、MeToo運動にも通じる女性たちの連帯の物語として、今見ても真っ直ぐ刺さる。監督自身の記憶と、今の社会の問題意識が、このモノクロの画の中に静かに溶け込んでいる。
やさしい余韻のある終わり方だった。それがいちばん好きだと思った。
こんな人に
・モノクロ映画の映像美と、映像によるリズムや呼吸に興味がある人
・家族や、自分を育ててくれた誰かのことをふと思い出す人
・女性どうしの連帯や、声なき感情の描写に惹かれる人
・社会問題を説教くさくなく描いた作品を求めている人
・派手なストーリー展開がなくても、空気感と映像で映画を楽しめる人——「ドラマチックな展開がないと退屈する」と感じたことがある人にこそ、ぜひ試してみてほしい一本
よくある質問
実話をもとにした映画ですか?
はい。本作はアルフォンソ・キュアロン監督の半自伝的作品であり、キュアロン自身の幼少期のナニー、リボリア”リボ”・ロドリゲスをモデルにしたクレオという人物を中心に描いている。舞台となるコロニア・ローマ地区は監督が実際に育った場所であり、劇中に登場する家の間取りや家具の配置も当時の記憶をもとに再現されている。フィクションの物語でありながら、その根底には監督の深く個人的な記憶が流れている。
タイトル「ROMA」にはどんな意味がありますか?
「ROMA」とは舞台となるメキシコシティの地区「コロニア・ローマ(Colonia Roma)」の名称から来ている。イタリアのローマとは直接の関係はなく、メキシコの地名がそのまま作品タイトルになっている。キュアロン監督が少年時代を過ごしたこの街区そのものへのオマージュであり、場所の名前がそのまま映画の名前になっているのは、本作が「ある場所の記憶」であるという本質を端的に示している。
アカデミー賞での受賞・ノミネートの内容は?
第91回アカデミー賞では10部門にノミネートされ、作品賞・脚本賞・主演女優賞(ヤリッツァ・アパリシオ)・助演女優賞(マリーナ・デ・タビラ)を含む候補作となった。受賞したのは外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門。メキシコ映画として初の外国語映画賞を獲得し、また監督が自作の撮影賞を受賞するという映画史上異例の快挙を達成した。さらに第76回ゴールデングローブ賞では監督賞と外国語映画賞、第72回英国アカデミー賞では作品賞・監督賞・撮影賞など複数の部門を受賞している。
ヤリッツァ・アパリシオはなぜ先住民系女性の歴史を変えると言われるのですか?
アパリシオは、先住民系女性として初めてヴォーグ・メキシコの表紙を飾り、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた最初の先住民系女性となった。メキシコの先住民系コミュニティ出身であることを公にしながら世界規模の映画賞の舞台に立ったことは、ラテンアメリカにおける人種的な可視性という観点でも歴史的な意味を持ち、その役割モデルとしての存在感は映画の枠を超えて議論されている。
監督アルフォンソ・キュアロンの他の代表作は?
キュアロンは『ゼロ・グラビティ』(2013)で第86回アカデミー賞監督賞を受賞したほか、『トゥモロー・ワールド』(2006)、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(2004)、『天国の口、終わりの楽園。』(2001)など多様なジャンルにわたる作品を手がけている。『ゼロ・グラビティ』でのオスカー受賞を経て、本作『ROMA/ローマ』で再び監督賞を受賞した。映像・脚本・撮影・編集をほぼ一人でこなすマルチな映像作家として知られている。
他の人の見方
Filmarksの平均スコアは3.9(23,000件超のレビューを集計)。映像美と音響設計の独自性を称える声が多く寄せられており、「モノクロの世界は汚れたものや醜い感情もすべて等しく溶け込んでいるように見せかける」「物語の中心から少しズレた場所で音がずっと鳴っている」といった、本作の静的な語り口に共鳴するレビューが並ぶ。賛否でいえば、「ドラマ的な起伏が少ない」という点を退屈と感じる声もある一方で、「その静けさ自体が主題である」と読み解く層からは高い評価を得ている作品だ。
関連商品
💿 Blu-ray / DVD
出典
- ※1 Variety
- ※2 ShotOnWhat

![ROMA/ローマ [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/81PUHgt0NsL._AC_SX342_.jpg)
![ゼロ・グラビティ [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/813k8iugphL._AC_SX342_.jpg)
![トゥモロー・ワールド [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/61hjCVKm9uL._AC_SX342_.jpg)



