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『キングダム エクソダス〈脱出〉』考察・感想|笑いと狂気が融け合う5時間の怪作(ネタバレなし)

『キングダム エクソダス〈脱出〉』—笑いと狂気の5時間、私の感情がぐちゃぐちゃにされた

監督 ラース・フォン・トリアー

脚本 ラース・フォン・トリアー、ニルス・ヴォルセル

主演 ボディル・ヨルゲンセン、ミカエル・パーシュブラント

製作年 2022年

製作国 デンマーク

上映時間 319分(約5時間20分)

ジャンル ホラー/ブラックコメディ

配給 シンカ

日本公開 2023年7月28日


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

U-NEXT・DMM TV・FOD・Huluでの取り扱いが確認されています(2026年6月時点)。見放題/レンタルの区分や最新の配信状況は各サービスで直接ご確認ください。

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あらすじ

デンマークの架空の総合病院「キングダム」。1994年のテレビシリーズから始まったこの物語が、25年の時を経てついに完結する。夢遊病のカレンは、助けを呼ぶ謎の声に導かれて病院へたどり着く。地下に潜む怪異と悪の気配。用務係のブルザー、心臓外科医のユディットと手を組んだカレンは病院の呪いを解こうとするが、悪魔の力に反撃される。一方、新任のスウェーデン人医師ヘルマー・ジュニアは亡き父の秘密を探り始める。笑いと恐怖が入り混じる奇怪な出来事の果てに、壮大な物語はその終着点へと向かっていく。フィクションと現実の境界が溶け、メタ的な問いかけをはらんだまま。

見どころ

フィクションと現実が溶け合う、入れ子構造の恐怖

本作の最大の特徴は、「作られた物語」と「現実に起きたこと」の境界を意図的に曖昧にするメタ構造にある。過去作のキャストが当然のように再登場し、それが創作なのか記録なのかを問い続ける。フィクションの中にノンフィクションが宿り、またその逆も然り。観客はこの入れ子の迷宮の中で、自分の解釈を問い直し続けることになる。

ラース・フォン・トリアーの”シュールな笑い”

残酷な描写や重厚な作家性ばかりが注目されがちなラース・フォン・トリアーだが、本作ではコント的なラフさとカルト的恐怖が共存する。医院長のソリティア、アンナの色仕掛けのくだり、ヘルマーをめぐる数々のバカげた展開。笑って油断した瞬間、とんでもない状況に叩き込まれる緩急の鋭さが心地よい。本作の考察を深めるほど、この笑いが単なる息抜きではなく、作品の核心と地続きであることがわかってくる。

5時間にわたる、病院RPGという体験

319分。すべての舞台は病院内でありながら、観ているうちに壮大な冒険をしている感覚に陥る。組織が巨大になりすぎた故の管理不能、屋上で何かを入手できる謎の流通、RPGのごとく積み重なるサブクエスト群。カオスで訳がわからなくても、気づけばキャラクターに深い愛着を感じている。だからこそ、彼らが危機に瀕したとき、思わず「死なないでくれ!」と叫びたくなる。長尺映画に不慣れな人でも「次のエピソードへ」という感覚で前のめりに観られるのが、このシリーズ特有の引力だ。

制作背景

シリーズの誕生と社会現象

1994年にデンマーク公共放送DRで放送されたテレビシリーズ「キングダム」(原題:Riget)は、デンマーク本国で最高視聴率50%超を記録し、社会現象を巻き起こした。1997年に「キングダムII」が続いたが、主演俳優であったエルンスト・フーゴ・イエアゴーをはじめ出演者が複数亡くなったことを機に、第2シーズンで制作は中止、未完のままとなっていた。

シリーズの影響力は国境を越え、アメリカでスティーブン・キングが脚本を手がけたリメイク版「Kingdom Hospital」(2004年)が制作されるほどのカルト的人気を誇った。また、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞するなど、シリーズ第1作はフォン・トリアーを国際舞台へ押し上げる契機ともなった。

25年越しの最終章始動

2020年12月17日、最終章の制作が正式にグリーンライト。ラース・フォン・トリアーがデンマーク公共放送DRや国際共同制作陣とともにプロジェクトを立ち上げた。プロデューサーはLouise VesthがZentropa Entertainmentsにて担当し、NENT GroupおよびDRが共同制作として参加した。

撮影手法と映像スタイル

撮影はコペンハーゲンの実在する病院・リグスホスピタル(Rigshospitalet)にて、1〜2月の冬期を中心に行われた。撮影監督を務めたのは『メランコリア』や『ニンフォマニアック』でも監督と組んだマヌエル・アルベルト・クラーロで、シリーズのトレードマークである荒削りなハンドヘルド撮影のスタイルを継承している。ドグマ95的な実験的美学に基づくハンドヘルドカメラワークは即時性と方向感覚の混乱をもたらし、蛍光管照明が生む苛烈で無機的な光が病院の不穏な雰囲気を増幅させている。

脚本はフォン・トリアーとニルス・ヴォルセルが共同執筆した。監督は創作姿勢について、「旧シリーズは見直さなかった。古い設定からの縛りを解き、登場人物だけを考えるようにした」と語っている※1

パーキンソン病との闘いの中で

フォン・トリアーはパーキンソン病と診断されたことが2022年8月に公表された。制作会社Zentropaは、監督が「前向きな気持ちで過ごしており、症状の治療を受けている」と声明を出した。「撮影を始めた時点で、すでに病を抱えていたとは知らなかった」と監督は後に打ち明けている※1

豪華なキャスト陣

本作でスウェーデン人医師のヘルマー・ジュニアを演じるのは、スウェーデンのスター俳優ミカエル・パーシュブラント。彼はウド・キア、ギタ・ノービーらオリジナルキャストと共演している。『キングダムII』で父・ステラン・スカルスガルドが演じた役のオマージュをアレクサンダー・スカルスガルドが担い、マッツ・ミケルセンの兄であるラース・ミケルセン、そしてフォン・トリアー作品の常連であるウド・キアも参加する。さらにウィレム・デフォーが謎の人物役でシークレット出演している。

ヴェネチア映画祭と国際展開

制作会社Zentropaはヴェネチアでのワールドプレミアのために、5時間超のシリーズを1本のフィルムとして上映できる特別編集版を用意した。トリアーにとって、ヴェネチア国際映画祭(ビエンナーレ・ディ・ヴェネチア)への選出は3度目となった。世界初上映後はトロント国際映画祭、ニューヨーク映画祭、釜山国際映画祭などでも上映された。

ヴェネチアへの出品にあわせ、シーズンI・IIの徹底的なデジタル修復も実施され、全3シーズン・計13話が最高画質で一括配信・上映できる環境が整えられた。

日本では、本作の劇場公開を軸に39年間の軌跡を網羅する14作品の「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」も同時期に開催され、監督の集大成的な企画として展開された。※2

感想

感情がぐちゃぐちゃにされた。けど、それが心地よかった。

今作だけでは評価できない作品だと思っている。三部作を通した体験全体への評価だ。

面白かったのは、カレンを演じたボディル・ヨルゲンセンが、過去にトリアー監督の別作品『イディオッツ』でも「カレン」という同名の役を演じているという事実。同じ世界線なのか、それとも偶然の一致なのか。どちらのカレンも心優しい姿が重なり合う。本作がメタ的な構造を持つ以上、そういった楽しみ方を許容してくれる懐の深さがある。

「どこまでが創作で、どこからが現実か」。この問いが本作の考察における核心にある。過去作のエピソードが全て演じられたフィクションだとすれば、今作もフィクションだ。しかし同時に、メタ的な内容が内包されることでノンフィクション性も帯び始める。フィクションを作ったというノンフィクションの世界で、さらに奇怪な出来事が起きる。入れ子構造が生む不思議な感覚は、他のどんな映画でも味わえないものだった。

内容を一言で言えば、悪魔崇拝と悪魔召喚にキングダム病院が使われていたという話。最初は少女の幽霊の謎から始まるのに、最終的なラスボスは全く関係のないところにいる。その歪なスケールアウトが、この作品らしいと感じた。

笑いに関しては本当に驚いた。トリアー監督といえば性的な描写や残酷な表現ばかりが取り上げられがちだが、こんなにもシュールな笑いのセンスがある人だったとは。アンナが色仕掛けでヘルマーを誘うのに、ノってきた途端急に冷たくなるくだりは笑いを堪えられなかった。ズボンがゆるゆるなのも含めて、バカさの純度が高すぎる。

全て病院内で起きているのに、壮大なRPGをプレイしているような感覚。組織がでかくなりすぎると、上はもはや全体を把握できない。その管理不能な空白の中で、あらゆる事件が芽吹いていく。だからこそ、解決策もどこかしらに存在している。屋上で天使らしき何かを手に入れられるという描写には思わず笑いながらも、その世界のリアリティを信じてしまっていた。

カルト的な恐怖とコント的なラフさが同居しているので、細かいことはあっけなく処理される。けれど油断しているととんでもない状況にいつの間にかいる。緩急が激しすぎて感情が追いつかない。その「追いつかなさ」こそが、今作の魅力だと思う。

一番雑な解釈としては「カレンの妄想」というオチもあり得る。でも、考えたくない。

過去作からしきりに反復されるメッセージがある。善と悪を心得よ、と。善人そうだった人が悪人で、悪人そうだった人が善人だったりする。人や物事に含まれるニュアンスは単純には読み解けないし、移ろいゆく。ラストのあの銅像は人魚だと受け取った。デンマークに流れ着いたということか。最後の最後まで皮肉が効いていて、トリアーらしかった。

正直、『キングダムII』のクライマックスの衝撃が個人的には強烈で、久々に映画で心臓が高鳴った体験をした。あのままの続編を見たいと思っていたけれど、幻の『キングダムIII』が作れなくなったことをトリアーが逆手に取り、新たな世界として昇華させていた。それは結果的に良かったと今は思っている。

色々あるが、今後もトリアー監督には映画を作り続けてほしい。切にそう思う。

他の人の見方

鑑賞記録サービス上のユーザーレビューを参照すると、「前シリーズから25年経ってなお続編を作ってくれて感謝」という声、医師長とヘルマーJr.のやり取りに懐かしさを覚えながらコメディとホラーの融合を楽しむ声が多く寄せられている。319分という長尺を最後まで付き合った達成感を語るレビューも目立つ。

一方で批判的な意見も存在する。「中途半端に終わった前シリーズの続編を作る動機が不明確」「伏線回収が雑」「シリーズ未見の観客への敷居が高い」といった指摘もあり、世界観の複雑さを評価と取るか壁と取るかで、受け取り方が真二つに割れる作品でもある。

『キングダム』シリーズを愛するファンにとっての達成感と、単体作品として評価しようとする観客のフラストレーション——その両方がこの作品の正直な姿だと思う。

よくある質問

前作の『キングダム』シリーズを観ていないと楽しめませんか?

本作は25年ぶりの完結編であり、シリーズI・IIの出来事や人間関係を前提として話が進む。未見の状態でも大まかな流れは把握できるが、登場人物への愛着や「ようやく終わった」という感慨は大きく異なる。できればシリーズI(4話)とII(4話)を先に視聴してから本作に臨むことを強くすすめる。

「エクソダス(Exodus)」というタイトルにはどんな意味がありますか?

「Exodus」はもともとラテン語・ギリシャ語由来の語で、「大規模な脱出・出国」を意味する。旧約聖書の「出エジプト記」の英題でもある。本作のタイトル邦題が『キングダム エクソダス〈脱出〉』と表記されるように、「病院(キングダム)からの脱出」という物語上の意味と、「25年ぶりにシリーズの呪縛から抜け出す」というメタ的な意味の両方が込められていると解釈できる。公式資料には「エクソダスが『入ること』か『出ること』かは、境界線をどちらの角度から見るかによる」と記されており、作品の入れ子構造を象徴するタイトルでもある。※3

「キングダム」シリーズはテレビドラマですか?映画ですか?

もともとテレビ配信用の全5話として制作されており、日本ではTV配信用の5話をまとめて一気に上映する方式が取られている。劇場上映版は全話を繋いだ約319分の一本の作品として公開されており、映画館では途中に10分間の休憩が設けられていた。シリーズ全体(I・II・エクソダス)では計13話・総時間13時間を超える大作だ。

監督のラース・フォン・トリアーの代表作は何ですか?

第53回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)や、第49回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『奇跡の海』(1996年)が広く知られる。その他、『ドッグヴィル』(2003年)、自身のうつ病体験を元にした『メランコリア』(2011年)、4時間超の大長編『ニンフォマニアック』(2013年)、暴力的な描写で物議を醸した『ハウス・ジャック・ビルト』(2018年)なども代表作として挙げられる。挑発的な作風と卓越した映像美が共存する稀有な監督だ。

主演のボディル・ヨルゲンセンは他にどんな作品に出ていますか?

ボディル・ヨルゲンセンはデンマークを代表する実力派俳優で、本作で演じる「カレン」役で三部作全てに出演している。ラース・フォン・トリアー監督の『イディオッツ』(1998年)でも主役「カレン」を演じており、本作との繋がりがメタ的な考察の一つとなっている。

こんな人に

・「キングダム」「キングダムII」を観て、25年待ち続けたシリーズファン
・ホラーとブラックコメディが同居する異色の作品体験を求めている人
・フィクションとメタフィクションが混ざり合う、構造的に凝った映画が好きな人
・ラース・フォン・トリアーの「笑い」の側面を掘り下げたい人
・長尺映画に慣れていない人でも、RPGをプレイするような感覚で各エピソードを楽しめるため、「5時間」という数字に怯まずに入門できる


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