視聴方法
Netflixで配信中(2026年6月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。
あらすじ
第二次世界大戦後のアメリカ。1940年代から1960年代にかけての南部オハイオを舞台に、それぞれの内なる悪魔と格闘する複数の欠点を持った人物たちの交差する物語が描かれる。父から受け継いだ傷を抱えながら生きる青年アーヴィンの周囲に、腐敗した牧師、連続殺人犯、堕落した保安官など、さまざまな「悪」が引き寄せられるように集まっていく。彼らの多くは、日々の苦労や過去の悲劇に対処するために、過激な信仰心へと逃げ込んでいく。信仰と暴力が日常に溶け込んだ世界を背景に、複数の人物の運命が静かに、しかし確実に絡み合っていくサザン・ゴシック群像劇だ。
見どころ
悪意のない「悪」が漂う空気感
この映画が不気味なのは、悪を行う者たちが悪の自覚をほとんど持っていないことだ。戦後特有の閉塞感と信仰心が混ざり合い、歪んだ行動が「普通」として成立してしまう。その陰鬱な空気が画面全体を覆っていて、観ている側の背筋をじわじわと凍らせる。
全てが一人に収束していく構成の妙
複数の視点と時系列が並走しながら、最終的にすべてがアーヴィンという一点へと流れ込んでくる。その設計の精巧さが見事で、ばらばらに見えたエピソードが一つの必然として結びつく瞬間の緊張感は格別。サザン・ゴシックの文脈を踏まえながら、映画的な快楽として成立させている。
キャスト全員が別の顔を見せる
トム・ホランド(『スパイダーマン』シリーズで知られる俳優)がアーヴィン役でダークな覚悟を体現し、ロバート・パティンソンが偽善に満ちた説教師を怪演。ジェイソン・クラークとライリー・キーオが演じる連続殺人犯カップル、セバスチャン・スタンが演じる腐敗した保安官、ミア・ワシコウスカら豪華な面々が、それぞれ濃密な存在感を放つアンサンブルキャストとなっている。
制作背景
原作と原作者
原作は2011年にDoubledayから刊行されたドナルド・レイ・ポロックのデビュー長編小説『The Devil All the Time』。邦訳は新潮文庫『悪魔はいつもそこに』(熊谷千寿訳、2023年4月26日刊)として刊行されている※1。本作は2011年の出版当時、Publishers Weeklyの年間ベスト10冊にも選ばれている。
ポロック自身の経歴は、作品の土台と深く重なっている。1954年生まれのオハイオ州ノッケンスティフ出身で、50歳まで製紙工場で肉体労働者・トラック運転手として働いていた。その後、オハイオ州立大学のMFAプログラムに入学し、2009年に修了。デビュー短編集『Knockemstiff』は2009年のPEN/ロバート・ビンガム・フェローシップを受賞している。いわば50代で本格的に作家デビューを果たした異色の経歴の持ち主だ※2。工場の父親が定年退職するのを目の当たりにして「これが自分の未来になる」と感じ、「残りの人生でできることがあるはずだ」と考え、書くことを決意したという。
映画化の経緯
監督・脚本はアントニオ・カンポス。脚本は兄弟のパウロ・カンポスとの共同執筆で、パウロにとってはこれが初の長編脚本となった。製作にはジェイク・ギレンホールも名を連ねている※3。カンポスは長編デビュー作『Afterschool』がカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、3作目の長編『Christine』(レベッカ・ホール主演)もサンダンス映画祭でワールドプレミアを飾るなど、インディペンデント映画界で着実に実績を積んできた監督だ。その後、HBOMaxのドラマ『The Staircase』(2022年)も手掛けている。
カンポス監督はポロックと撮影開始前から密にやり取りを重ね、ポロックがオハイオ州に暮らす自宅を年に一度訪問して、その場所の特徴や物事の起源について理解を深めていったという。英語版ナレーションはポロック本人が担当しており、映画版でもナレーターとして参加している。監督はナレーションについて、「感情をそこまで表に出さないキャラクターの心の内を視聴者に届けるために使用した」と語っている※4。
キャスティングの裏話
カンポス監督がトム・ホランドにアーヴィン役をオファーした時点で、監督自身はまだ『スパイダーマン』を観ていなかったという。「ピーター・パーカーとは違い、ナチュラルに毒づきFワードを口にする役として起用した」と語っており、ホランドを「彼の世代で最も素晴らしい俳優の一人」と称賛している※5。
ロバート・パティンソンについては、自分のアクセントを撮影初日まで監督を含む全員から隠し続け、他の俳優が練習中の音声を送っていたのとは対照的に、カメラの前に立つ前にジャッジされることを嫌い、自分だけで徹底的に自主練習していたという。カンポス監督は彼のことを「何でもできる天才」と称えている。
当初はクリス・パインがキャスティングされていたが、2019年2月15日にセバスチャン・スタンへの変更が発表され、同月末に撮影がスタートした。
撮影手法
撮影は2019年2月から4月にかけて行われた。舞台はオハイオ州とウェストヴァージニア州の田舎だが、実際のロケはアラバマ州バーミンガムを拠点に行われ、スタジオ撮影はわずか10%にとどまった。プロダクションデザイナーのクレイグ・ラスロップが実在する場所を丁寧に復元し、プリプロダクションに6〜8週間、撮影本体に約8週間が費やされた。
映像面での最大の特徴は、カンポス監督がこの時代劇に最もふさわしいメディアとして35mmフィルムを選択したこと。撮影監督ロル・クローリーは「全編を35mmで撮影したのは間違いなく正しい選択だった。特にピリオドピースにおいては、フィルムを好んでいる」と語っている。使用フィルムはKodak Vision3の500T(タングステン)と250D(デイライト)で、より多くのグレインを引き出すためにプッシュ現像を施し、物語の前半と後半で意図的に露出を調整することで、時代の変化を視覚的に表現した。Netflixオリジナルとしてはきわめてまれなフィルムシュート作品であり、1950年代アメリカの質感と色彩をデジタルでは出しえない説得力で再現している※6。
音楽はダニー・ベンジーとソーンダー・ジュリアーンズが担当し、重低音を基調とした劇伴が薄暗い田舎町の空気を効果的に補強している。
受賞・評価
IFJAアワード(国際映画ジャーナリスト協会)では「最優秀声優・モーションキャプチャー演技賞」(ナレーターのドナルド・レイ・ポロック)と「最優秀アンサンブル演技賞」の2部門でノミネートを獲得した。Rotten Tomatoesでは批評家支持率65%、Metacriticのスコアは54/100と評価は割れたものの、Netflixは2020年12月に「最優秀助演男優賞」部門でパティンソンをアワードキャンペーンに起用し、積極的に賞レースへの参戦を図った。
感想
すっきりした気分と、哀れむ気持ちが交互にやってくる。そんな複雑な余韻がずっと残っていた。
アーヴィンという人物に、心を持っていかれた。自分の運命に抗わず、しかし覚悟を持って向き合う姿。葛藤がないわけじゃない。でもその覚悟は、映画を観ているうちにどこかずっと前から決まっていたのだと分かってくる。罪がひとつ、またひとつとのしかかっていく中で、彼は祈らない。それなのに、神の存在を感じさせるシーンがある。空包のシーンだ。あのシーンで、映画『クラッシュ』(ポール・ハギス監督・2004年)の「透明マントのシーン」をふと思い出した。人智を超えた何かが、アーヴィンの側にいる。神に頼らない者に、神の御加護が働いている。見方を変えれば、彼は神から遣わされた使者のようにも映る。
戦後特有の空気感が映画全体を包んでいて、それがまた不気味だった。悪いことをしている人間が、悪いという自覚をほとんど持っていない。その感覚の薄気味悪さが、ずっと画面に漂い続ける。悪が引き合い、絡み合い、気づけばアーヴィンへと収束していく構造は、よくある「人々のつながり」ものとは一線を画していた。悪いものが繋がって近づいてくる、というのはあまり見たことがない展開だった。
ラストに向かうにつれて、ラジオからベトナム戦争のニュースが流れてくる瞬間がある。その一瞬で、哲学的な空気が現実に引き戻される。世界は大きく動いている。この物語で起きたことは、歴史の尺度でいえばちっぽけかもしれない。でも、だからこそ見応えがあった。
あまり期待せずに観始めたら、キャスト陣の豪華さに驚いた。ホランド、パティンソン、スカルスガルド、スタン。それぞれが深みを持って役に宿っているからこそ、ストーリーに厚みが生まれていた。Netflixにこんな映画があったのか、という発見でもあった。
他の人の見方
IMDbスコアは7.1/10という評価を得ている※7。
批評家の間ではホランドとパティンソンの演技を特に称える声が多く寄せられている。トム・ホランドの『スパイダーマン』とは全く異なるダークな演技への驚きが多くのレビューで触れられており、「新境地を見た」という声が目立つ※7。ロバート・パティンソンが演じる偽善的な説教師の怪演も特に話題となっており、「この役のためだけでも観る価値がある」との評価がある※7。
「意地悪で残酷、容赦のない映画だが、目が離せない」という声もある通り、豪華アンサンブルキャストによる重厚なサザン・ゴシック群像劇として肯定的に評される一方、群像劇ゆえの情報量の多さに「登場人物の整理が難しい」と感じる声も一部にある※7。
よくある質問
原作はありますか?
原作はドナルド・レイ・ポロックが2011年にDoubledayから刊行したデビュー長編小説『The Devil All the Time』です。日本語版は新潮文庫より『悪魔はいつもそこに』(熊谷千寿訳、2023年4月刊)として読むことができます。原作は出版当時にPublishers Weeklyの年間ベスト10冊に選ばれるなど、高い評価を受けました。
実話が元になっていますか?
特定の実在の事件を直接モデルにした作品ではありません。ただし著者のポロック自身がオハイオ州ノッケンスティフで生まれ育ち、そこでの原体験を土台に書いた作品です。物語は第二次世界大戦後から1960年代にかけての南部オハイオとウェストヴァージニアの農村地帯を舞台に、二十年にわたって交差する人物たちのトラウマと道徳的崩壊を描いています。架空の人物による物語でありながら、時代と土地の空気は著者自身の記憶と深くリンクしています。
タイトル「悪魔はいつもそこに」にはどんな意味がありますか?
劇中のナレーションに「ウィラードは自宅裏の空き地に古い十字架を建て、毎朝毎晩神に語りかけていた。息子の目には、父がいつも悪魔と戦っているように映っていた」という一節があり、これがタイトルの直接的な出典です。信仰と暴力と罪が日常に溶け込んだ世界において、悪魔とは遠い存在ではなく「常にすぐそこにいるもの」という作品全体のテーマが凝縮されたタイトルです。
監督アントニオ・カンポスの他の代表作は?
カンポスは長編デビュー作『Afterschool』をカンヌ国際映画祭で、3作目の長編『Christine』(レベッカ・ホール主演)をサンダンス映画祭でそれぞれプレミア上映しています。また、ジェシカ・ビール主演のサスペンスドラマ『The Sinner』のパイロット版を監督し、エグゼクティブ・プロデューサーとしても参加しています。2022年にはHBO Maxで伝記的犯罪ドラマシリーズ『The Staircase』を手掛けており、ダークで心理的なテーマを一貫して追求している監督です。
続編はありますか?
現時点で続編の制作は発表されていません。原作者ポロックの著作としては2016年にDoubledayから刊行された第2長編『The Heavenly Table』があり、同様にオハイオを舞台にした物語です。本作は独立した一作として完結しており、映画としての物語も続編を前提とした構造にはなっていません。
こんな人に
・「善と悪」の境界線が曖昧な、重厚な人間ドラマが好きな人
・トム・ホランドやロバート・パティンソンの意外な一面を見てみたい人
・複数の視点が絡み合い、一点へと収束していく構成の映画が好きな人
・アメリカ南部の信仰・暴力・貧困を描いたサザン・ゴシックの世界観に興味がある人
・ハリウッド大作より一歩踏み込んだシリアスな映画にそろそろ挑戦してみたい人
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📖 原作
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