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光が消えても、目は覚えている。—ZANZOについて

残像

スクリーンの光が消えた後、しばらく目を閉じていることがある。

正確には、目を開けていても、まだ映画の中にいる。暗闇の中で残った像が、ゆっくりと薄れていくのを待っている。その数秒か数十秒の間に、何かが起きている気がする。感情でも思考でもない、もっと生理的な何かが。

ZANZO(残像)は、その「何か」を言語化しようとする試みです。



「自分はこう思った」が失われていく

正直に言うと、これは少し切実な動機から始まっています。

映画を観た後、SNSを開くと感想が溢れている。批評家の評価、鑑賞者の反応、アルゴリズムが選んだ「あなたへのおすすめ」。それ自体は悪くない。でも最近、他者の感想が自分の感想になってしまっている人が増えている気がしてならない。

考えることが面倒になってきている時代なのだと思います。

「みんなが良いと言っているから良い映画」「批評家が高く評価しているから深い作品」。そういう処理の仕方が当たり前になっていくと、映画を観ながら自分が何を感じているかよりも、感じるべきことを確認する作業になっていく。それはもったいないと思う。というより、人間の大事な部分が少しずつ失われていく感じがして、怖い。

「自分はこう思った」は、些細なことのように見えて、実はかなり大事なことだと思っています。

ZANZOはその練習場所にしたい。私が「自分はこう思った」を書き続けることで、読んだ人が「自分はどう思うだろう」と考えるきっかけになれば、それで十分です。


映画との出会い

小学生の頃、父がテレビで映画を観ていた。チャップリンと黒澤明をよく見ていた記憶がある。言葉よりも先に、画面の質感や俳優の動きが体に入ってくる感覚があった。子供なりに「これは別の何かだ」と感じていた。

中学生の時に『鮫肌男と桃尻女』(1998年、石井克人監督)を観た。あの衝撃は今でも言葉にしにくい。画面の色、カットの切り方、音楽の乗せ方—すべてが「映画ってこんなことができるのか」という驚きだった。ルールを持って壊すことを、あの映画で初めて知った気がします。

そして高校生の時、岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』を観ました。

映画が終わった後、しばらく放心状態に(若さゆえ…)。あの体験が映画監督を志すきっかけになりました。親に猛反対され、結局は建築を学び、その後デザインを学び、今はデザイナーという仕事をしています。映画監督にはなれなかった。でも映画への気持ちは、ずっとそのままです。


年間300本を観るようになった理由

体調不良でアウトプットができない時期が続いていた頃、インプットだけはしたいと思って映画を観るようになりました。元々好きだったけれど、もっと観てやろうと。

そうしたら、年間300本以上観るようになっていました。

ある映画雑誌で、批評家たちが年間何本観るかを紹介しているページがあって、大体300本以上だった。それを基準にするようにしました。義務的なところもあります。

でも、面白いことに気づきました。義務で観ている中で、偶然すごくいい作品に出会う。それがまた映画の面白さを教えてくれる。つまり、義務でもいいんです。結果的にいい映画と出会えるなら、見方なんてなんでもいい。

好きな時に、好きな映画を観ればいい。その中で何を感じるかが重要で、そのためにどう観るかは関係ない。


ZANZOで書くこと

スコアは書きます。自分がどのくらい好きだったか、それは正直に残したい。

良い面も悪い面も書きます。ただそれは批評ではなく、「自分はここが好きだった」「ここはのれなかった」という個人の記録として。

他の人の感想も時々紹介します。でもそれはあくまで「こういう見方もある」という提示であって、正解として提示するつもりはない。

書かないのは、観るべき理由と観なくていい理由です。それは自分で決めることだから。

「残像」という名前にしたのは、映画が終わった後に残るものを書きたいからです。上映中ではなく、消えた後の話。網膜に残った不確かな像、時間が経ってから蘇るシーン、なぜ覚えているのか自分でもわからない記憶—そういうものを言葉にする場所です。

光が消えても、目は覚えている。

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