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『ゆきゆきて、神軍』考察・感想|カメラは暴力の隣に立ち続けた(ネタバレなし)

『ゆきゆきて、神軍』考察・感想|カメラは暴力の隣に立ち続けた(ネタバレなし)

監督 原一男

主演 奥崎謙三

企画 今村昌平

製作年 1987年

公開日 1987年8月1日

上映時間 122分

ジャンル ドキュメンタリー

製作国 日本


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

配信状況は変動するため、視聴の際は各サービスで最新情報をご確認ください。現在、本作はYouTubeで無料公開されており、フルバージョンを視聴できます。見放題ではU-NEXTとDMM TVが配信中。NetflixとHuluには配信がありません。

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あらすじ

第二次大戦中、激戦地ニューギニアへ派遣された元日本兵・奥崎謙三。自身がかつて所属していた独立工兵第36連隊で、終戦後23日も経ってから敵前逃亡の罪で2人の兵士が処刑されていたことを知った奥崎は、遺族らとともに真相究明に乗り出す。時には暴力も辞さない執拗な追及により、元兵士たちの口から事件の驚くべき真実と戦争の実態が明かされていく。その執念の行き着く先に、何が待っていたのか。※1

見どころ

紳士と豹変、その境界を撮り続けるカメラ

冒頭の奥崎謙三は穏やかだ。紳士的に、冷静に、笑顔さえ見せながら自分の考えを語る。ところがひとたびスイッチが入ると、別人のように豹変する。「貴様!」と掴みかかる瞬間の恐ろしさ。この二面性をカメラがそのまま捉え続けていることに、この映画の最大の緊張感がある。

原一男の映画はすべて、既存のドキュメンタリーの倫理的境界と接触しながら、被写体と観客を新たな方向へと押しやっていく。本作がその頂点に位置する理由が、この一点に凝縮されている。※2

「暴力」という交渉手段が引き出す真相

奥崎謙三はかつて人を刺殺した経験を持つ。その「暴力」には死がちらつく。通常のドキュメンタリーでは到達できない場所に、彼の恐ろしさと執念だからこそたどり着く。元隊員・山田吉太郎が暴力を受けながらも「警察を呼ぶ必要はない」と言うシーンが示すのは、言葉にできないほど酷い戦争体験を生き延びた者同士の、非言語的な共有だ。

元日本兵の奥崎謙三が、かつての戦友への取材を試みるが、誠実さを欠いた要領を得ない回答を受け、拳を使って相手から言質をとっていく。こうした手法を正当化する言い分はないはず、と思いきや、暴力も辞さない方法でことの真理が暴かれていく。※2

戦争が生んだ、もう一つの「戦後」

「白豚」(白人)「黒豚」(原住民)と呼ばれた肉——食糧不足のジャングルで人肉食が行われていた、という証言が作中に現れる。フィクションの戦争映画とはひと味違う深刻さ。奥崎謙三という異形の存在を生み出したのは、その地獄のような戦場体験だった。天皇や元上官への憎しみを燃やし続けた彼の姿を通して、戦争が一人の人間を何にしてしまうかが突きつけられる。

「撮る行為」自体が平和な日常の裂け目に視線をうがって、思わぬ現実をあぶり出していく武器になることを再発見させてくれる秀作だ。※3

制作背景

今村昌平から原一男へ——企画の継承

本作の誕生には、日本映画界を代表する二人の鬼才の師弟関係が深く絡んでいる。奥崎が昭和天皇パチンコ狙撃事件の裁判をやっていた時に、その事件を知った若い女性の週刊誌記者が、その背景にある現実はとても大きな意味があると思い、今村昌平に「映画にしませんか」と言ったのがきっかけだったという。※4

その後、今村監督の映画『ええじゃないか』にスタッフとして参加していた原監督が、今村監督から「面白い人物がいるんで撮ってみるかい?」と奥崎氏を紹介されたことから、『ゆきゆきて、神軍』の企画が再スタートした。※4

企画は後に『楢山節考』『うなぎ』でカンヌ・パルムドールを二度受賞する今村昌平のクレジットが残り、映画化を引き継いだのが弟子の原一男だった。撮影はカラー・16mm。録音は栗林豊彦、編集・構成は鍋島惇、製作は小林佐智子(疾走プロ)が担当した。※2

ゲリラ撮影と「没収」されたニューギニア編

今村監督はかつて、法廷にカメラを持ち込むことを決意し、当時ニュース専用に使用されていたゼンマイ式のフィルムカメラを用意。そのカメラはシンプルな構造ゆえに分解してポケットに入れることが可能であり、裁判開始前にトイレでもう一度組み立て直したカメラマンが、カメラを法廷に持ち込んだ。※4しかし音が大きく、あっという間に退廷させられたという。この昭和的な豪快なエピソードが、本作の根底に流れる「撮る行為の切実さ」を予告している。

また、作品の後半に向けて計画されていたニューギニア現地ロケは、ニューギニア当地で撮ったフィルムは当局に没収された。※3その結果、現地での記録は「インドネシア情報省によって没収された」という字幕スーパーで代替されるしかなかった。クライマックスになるはずだった映像が永遠に失われているという事実そのものが、この映画のある種の傷跡になっている。

キャッチコピーとタイトルの意味

本作のキャッチコピーは「知らぬ存ぜぬは許しません」。※5奥崎謙三が自らを「神軍平等兵」と称していたことに由来し、神戸市で妻とバッテリー商を営む奥崎謙三は、たったひとりで「神軍平等兵」を名乗り、”神軍”の旗がたなびく車に乗り、日本列島を疾駆していた。※6タイトル『ゆきゆきて、神軍』は、軍歌的なリズムと前進するイメージを帯びながら、その「神軍」が天皇制への対抗的な観念に基づくものであることを示している。

公開と反響——ミニシアター史上の金字塔

『ゆきゆきて、神軍』は、1987年に渋谷ユーロスペースで公開され、26週間にわたるロングランヒットを記録。同館の歴代興行収入ナンバーワン作品として、いまだにその記録を破る作品は登場しておらず、ミニシアター界の金字塔的作品ともいえる1本だ。※4

受賞歴は国内外にわたる。ベルリン国際映画祭カリガリ映画賞、毎日映画コンクール日本映画優秀賞・監督賞・録音賞、報知映画賞最優秀監督賞、シネマ・デュ・レエル(パリ・ドキュメンタリー国際映画祭)大賞、日本映画ペンクラブベスト1位、キネマ旬報ベストテン2位(読者選出1位・読者選出監督賞)、ブルーリボン賞監督賞、ヨコハマ映画祭ベストテン1位・同監督賞、映画芸術ベストテン1位。※7さらに1987年度カイエ・デュ・シネマにも第2位にランクインしている。※8

世界への波及——マイケル・ムーアと北米回顧上映

「ボウリング・フォー・コロンバイン」「華氏911」のマイケル・ムーア監督が尊敬しているのが原一男。特に「ゆきゆきて、神軍」に対する思いは絶大だ。※92019年6月には北米4カ所にて原一男の大々的なレトロスペクティブが開催された。ニューヨーク近代美術館(MoMA)など由緒ある団体が、単独の日本人監督の回顧上映を催すことはひじょうに希であり、原監督の世界的評価を裏付けるものといえる。※10

戦後75年、奥崎謙三生誕100周年となる2020年の8月には、全国のミニシアターでリバイバル公開された。※1

感想

奥崎謙三は、冒頭から不思議な人だった。穏やかで、笑顔もあって、自分の考えを冷静に話す。ところが元軍曹・妹尾幸男を問い詰めるシーンで、話を遮られた瞬間に「貴様!」と豹変する。まるでスイッチが入ったように別人になる。二重人格みたいだ、と最初は思ったけれど、たぶんそれは違う。彼のなかでは両方が地続きなのだろう。

見終わったあと、少し疲れた。積極的にオススメできる映画ではないと思う。それでも、一度は見ておいたほうがいい作品だ、というのは変わらない。

戦争映画は今まで色々見てきたけれど、この深刻さはちょっと違う種類のものだ。フィクションで再現される戦場ではなく、戦場を生きてしまった人がその後どう生きたのか——そこにカメラを向けた作品はあまり多くない。

奥崎謙三は元隊員たちを訪ね歩き、上官による部下射殺事件の真相を追いかける。「暴力」を武器として。冷静に質問していたかと思えば急に殴りかかる。相手が怯えて話し始める。恐ろしい絵だ。原一男監督のカメラは、それを止めない。撮り続ける。

山田吉太郎とのシーンには違う手触りがあった。暴力を受けながらも「警察を呼ぶ必要はない、お前の気持ちもわかるから」と言う。同じ地獄をくぐり抜けた者同士にしか通じない何か。そこには言葉にならない共有があった。

「白豚」「黒豚」と呼ばれた肉——ジャングルで極限まで追い込まれた兵士たちの証言。奥崎謙三の恐ろしさが映画の中心にあるけれど、それを生んだのは戦争そのものなのだと突きつけられる。極限を生きた人間が、極限のまま戦後を生きるとどうなるのか。その一つの答えが、この人だった。

コンディションのいい時に、覚悟を持って見るのがいいかもしれない。そして観終わった後は、原一男監督のカメラの位置について考えることになる。暴力の隣に立ち続けたカメラは、何を撮り、何を撮らなかったのか。この映画にはドキュメンタリー倫理の永遠の問いが横たわっている。

他の人の見方

「日本映画史上もっとも危険なドキュメンタリー」と評する声がある一方、「原一男監督は暴力を止めずカメラを回し続けた」という倫理的批判も根強い。奥崎謙三の行動そのものが道義的にグレーであることを承知したうえで、それでも見る者を引き込む磁力がある——そう語るレビューが多く見られる作品でもある。

山形国際ドキュメンタリー映画祭の公式カタログは、本作を「ドキュメンタリー史上のひとつの極北」と位置づけている。※2

よくある質問

タイトル『ゆきゆきて、神軍』にはどんな意味がありますか?

奥崎謙三は自らを「神軍平等兵」と称しており、本作のキャッチコピーは「知らぬ存ぜぬは許しません」。※5「ゆきゆきて」は前進し続けることを示す軍歌的な語調で、天皇制への対抗的観念に基づく「神軍」を掲げながら、奥崎が日本列島を”疾駆”し続ける姿そのものをタイトルに刻んでいる。

実話が元になっていますか?

奥崎謙三は実在の人物で、自身がかつて所属していた独立工兵第36連隊で、終戦後23日も経ってから敵前逃亡の罪で2人の兵士が処刑されていたことを知り、遺族とともに真相究明に乗り出した。※1本作はその実際の取材・行動をそのまま記録した完全ドキュメンタリーであり、脚本や演出による再現シーンは含まれていない。

監督・原一男の他の代表作は?

原一男の他の監督作としては、障害者自立運動家を挑発的に描いた『さようならCP』(1972)、ラディカル・フェミニストの元恋人の人生に迫る『極私的エロス・恋歌1974』(1974)、作家・井上光晴の人生における虚実に分け入る『全身小説家』(1994)などがある。※2いずれも被写体に正面から切り込む挑発的なドキュメンタリー手法が一貫している。

受賞歴はありますか?

国内外の主な受賞歴は、ベルリン国際映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レエル(パリ・ドキュメンタリー国際映画祭)大賞、毎日映画コンクール日本映画優秀賞・監督賞・録音賞、報知映画賞最優秀監督賞、ブルーリボン賞監督賞、キネマ旬報ベストテン2位(読者選出1位)、日本映画ペンクラブベスト1位、映画芸術ベストテン1位など多岐にわたる。※7

奥崎謙三は映画の完成をどう受け取りましたか?

公開中の1987年9月4日、広島高等裁判所における奥崎の第二回公判で本作のビデオテープが弁護側の証拠として採用され、法廷内で上映された。このとき初めて作品を鑑賞した奥崎は、原監督に「全く面白くありません」と感想を手紙で述べたという。この一事が、原一男と奥崎謙三の関係の複雑さ——カメラと被写体の抜き差しならない緊張——をよく示している。

こんな人に

・戦争ドキュメンタリーとは違う手触りの戦争映画を探している人
・「正義」と「暴力」の境界について深く考えたい人
・原一男監督のドキュメンタリー手法と考察に興味がある人
・ドキュメンタリー倫理というテーマを映画で問い直したい人
・日本映画史に残る一本を押さえておきたい人
・揺さぶられる映画に、覚悟を持って向き合える人

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