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『旅と日々』考察・感想|言葉にする前に、何かがこぼれていく(ネタバレなし)

『旅と日々』考察・感想|言葉にする前に、何かがこぼれていく(ネタバレなし)

監督・脚本 三宅唱

主演 シム・ウンギョン、堤真一

共演 河合優実、髙田万作、佐野史郎 ほか

製作年 2025年

上映時間 89分

ジャンル ドラマ

配給 ビターズ・エンド


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

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あらすじ

脚本家の李(イ)は、自身が手がけた映画の上映に立ち会う。夏の浜辺でカメラの前に繰り広げられる世界と向き合ううちに、彼女は「自分には才能がない」とこぼす。やがて冬になり、李は雪深い山奥を訪れ、おんぼろ宿でべん造という男と出会う。旅と創作のなかで、世界をどう感じ、どう言葉にするかという問いを静かに抱えながら歩き続ける女性の物語。

見どころ

夏と冬——2つの風景が生む対比と奥行き

映画の夏のシーンは東京都の神津島で、冬のシーンは山形県の庄内地方でそれぞれ撮影された。同じ主人公が全く異なる季節・土地を旅するこの構成は、脚本段階から意図されたものだ。三宅監督はインタビューで、ロケ地について「夏の離島と冬の豪雪地帯」と語り、「ロングショットで自然を収めることへの歓びがあった」と明かしている。抑制の効いた自然描写のなかに、人間以外の時間の流れを捉えようとした意志がある。

「劇中劇」が生む二重の視点——考察したくなる構造

映画の中に、主人公・李が脚本を書いた映画が入れ子状に存在する。荒い波に揺れる夏の海と、その中にいる人間の姿——そのシーンで感情が昂った直後に「これは映画の中の映画だ」と突き放される。主観と客観が二重に機能するこのメタ構造は、観客が李の目を通して世界を感じながら、同時に彼女を外から眺める視点も保ち続けるよう設計されている。この仕掛けは李自身の在り方とも呼応しており、「旅と日々の意味とは何か」を考えるうえで欠かせない核になっている。

ラストシーンが残すもの——語りきれない余韻について

本作は、韓国出身の脚本家・李と、日本の雪深い山奥でひっそりと宿を営むべん造という「よそ者」同士が出会い、交流する物語だ。その旅の着地点は、劇的な解決も明確な変化も描かない。エンドロールが来たとき、雪の中の後ろ姿がまだ目の前にある気がする——そういう終わり方だ。ラストシーンが「残すもの」の正体は、言葉にすると何かがこぼれ落ちる。だからこそ、この映画は観終えた後に何度も反芻したくなる。

堤真一が体現する「説明しない」存在感

宿の主人・べん造を演じる堤真一は、役について「説明的な表現はしないようにしました。あまり役作りみたいな感覚はなく、台本通りやっています」と語っており※1、あえて解釈を抑えた演技が役に独特の余白を与えている。語りすぎず、しかし確かにそこにいるという存在感が、後半の旅のパートに静かな厚みを加えている。

制作背景

つげ義春という原点

原作はつげ義春の『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』の2作品。2020年フランスのアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞に輝いた稀代の漫画家の、初版から50年以上を経た2作を三宅監督が現代的にアップデートした。「マンガ界のゴダール」とも評されるつげ作品には、日常的な旅と私小説的な内省が色濃く宿っている。

2作品を原作に選んだのは、夏と冬の要素を入れると面白いと考えたため。つげ作品が私小説的要素を入れているのと同様、本作では主人公を脚本家とするなど、三宅の投影要素が虚実入り混じる形で加えられている。

映画化の企画を持ちかけられたのは、コロナ禍が本格化した2020年夏。三宅は『ケイコ 目を澄ませて』の脚本を進めていた頃で、企画が具体化するまでには紆余曲折があり、挫折もしかけたと振り返っている。

三宅監督は「つげさんのマンガの絵の上に紙を置いて、なぞり描きしてみた。雨や雪などの天候や風景がいろんな技法で描かれていて、ものすごい表現力を実感した」と語っており、自然の非人間的な時間の流れをとらえることへの意欲が今作の撮影姿勢を形成した。

キャスティング——偶然から生まれた必然

三宅監督とシム・ウンギョンの出会いは、『ケイコ 目を澄ませて』が釜山国際映画祭で上映された際に、シムが「韓国の観客に届けたい」と申し出てQ&Aに登壇したことがきっかけ。監督はシナリオを書く途中に「この役をシム・ウンギョンが演じたら面白くなるに違いない」とオファーした。

シム・ウンギョンは撮影について「監督は俳優1人ひとりの個性を観察して生かしてくれる。段取りの中から自然に生まれた一言が採用されることもあった」と振り返っている。河合優実は「夏の撮影は少人数のチームで島に行って、みんなでごはんを作って、海に出て……まるで合宿のようだった」と語る。

スタッフとロケ地

撮影監督は月永雄太。三宅監督作『ケイコ 目を澄ませて』で第77回毎日映画コンクール撮影賞と第45回ヨコハマ映画祭撮影賞を受賞し、『夜明けのすべて』でも撮影を担当したコンビが今作でも組んでいる。音楽はHi’Specが担当している。

夏のパートの撮影は2024年夏に神津島で行われた。神津島は東京から南へ約180kmに位置する離島で、白い砂浜や青く透き通る海を一望できる天上山など、手つかずの自然が多く残されている。冬のパートは山形県庄内地方でロケが行われた。

国際的な評価と受賞歴

三宅監督の近作『きみの鳥はうたえる』(2019年)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)、『夜明けのすべて』(2024年)の3作はベルリン国際映画祭に出品されたが、今作は2025年8月に催された第78回ロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門でグランプリ(金豹賞)とヤング審査員賞のW受賞を果たした。

金豹賞受賞は日本映画では2007年の小林政広監督作品『愛の予感』以来18年ぶりで、三宅唱は衣笠貞之助、市川崑、実相寺昭雄、小林政広に続く5人目の日本人受賞者となった。三宅監督は『Playback』(2012年)以来、13年ぶり2度目のロカルノ国際映画祭出品での受賞となった。

受賞はロカルノにとどまらず、スペイン語圏最大の国際映画祭である第73回サン・セバスチャン国際映画祭サバルテギ・タバカレラ部門への正式出品、アジア最大級の国際映画祭である第30回釜山国際映画祭のコンペティション部門への出品も果たした。

感想

劇中に「言葉に追いつかれる」というセリフが出てきます。言葉にした瞬間、大事な何かを取りこぼしてしまう——手のなかにあったはずのものが、いつのまにか失われていく。そういう感覚。この映画自体がその問いを孕んでいるから、観終わった後に正直、感想を書いていいものか迷いました。

最初に心が動いたのは、主人公・李(シム・ウンギョン)が脚本を手がけた映画の中の海のシーン。荒い波が繰り返し打ち寄せる中、2人が泳いでいる。女の子・渚は岸へ出て、波に何度も飲み込まれる男の子・夏男を見つめている。その表情が寂しげで、不安そうで、音楽と相まって胸がぐっと高鳴った。生と死、自然の圧倒的な力、それでもそこにいる人間の姿——あのシーンだけで、そういったものが一気に押し寄せてくる。どうやって撮影したのかと驚きながら見入ってしまった。

そして感情が昂ったその瞬間に、それが映画の中の映画であると突きつけられる。メタ的な切り返し。感動を突き放すような、あの演出の冷静さ。でもこれは突き放しではなく、むしろ世界への問いをより深くするための仕掛けだったと後から気づく。だって最初から全部、監督に計算されていたんじゃないかと思えてくるから。

李が自分の映画を観た感想を語る場面も印象に残りました。見事な作品だと思って見ていた自分と、どこか満足しきれていない彼女との間に生まれるズレ。彼女がこの世界をどのように感じているのか、急に気になりはじめる。その後の旅のパートでは、彼女の主観を追いながら、同時に彼女を外から眺める視点も生まれていく。主観と客観が二重に機能するから、普通に観るより楽しみの密度が高い。しかもその二重構造は、李自身の在り方とも呼応している。世界を面白がりながら、それを客観的に見つめてもいる。

三宅唱監督の前作『夜明けのすべて』は自分に深く刺さった作品で、今作は少し毛色が違うかもしれないと思っていました。でも今作も同じように刺さった。言語化することへの問い、感情の動き方、世界の見つめ方——どれも共感するテーマでした。

濱口竜介監督との親交が影響しているのか、計算し尽くされた構図や切り返しの心地よさに、ふと濱口監督作品のテイストも感じた。特に『親密さ』に近い雰囲気があった。そして原作にあたるつげ義春作品の、あの漫画的な佇まいも確かに宿っている。古典的な雰囲気と三宅監督の作風が、うまく混じり合っていた。

エンドロールが始まった瞬間に、再び感情が昂った。雪の中を歩く後ろ姿がまだ目の前にある気がして。芸術的な構造の中に、エンタメとして微笑ましい場面がさりげなく差し込まれる軽やかさ。言語化しようとすると何か大事なものがこぼれ落ちる気がするのに、それでも書かずにいられない。

自分もこの世界に生きているのだ、という感覚だけが、静かに残っています。

他の人の見方

第78回ロカルノ国際映画祭では最高賞である金豹賞グランプリを受賞し、国際的な審査員から最高の評価を受けた。海外メディアからも「人間の悲しみと物語の本質をそっと見つめる静謐な傑作」(Público)、「感情や人物描写、風景の美しさといった多層にわたる要素を織り込みながら、短編小説のような繊細な世界を紡ぎ出す」(International Cinephile Society)といった称賛が相次いだ。

シム・ウンギョンは撮影を振り返り「監督から感銘を受けた。『映画は全員が一緒に作っていくものだ』という認識のもと、すべてのスタッフや出演者を一つにしていく監督ならではの方法が印象的だった」と語っている。

よくある質問

原作はありますか?

本作はつげ義春の短編漫画『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』の2作品を原作としている。映画の前半(夏編)は『海辺の叙景』を、後半(冬編)は『ほんやら洞のべんさん』をそれぞれベースに描かれている。つげ義春は2020年のフランス・アングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞した稀代の漫画家で、初版から50年以上を経た2作品が原作となっている。

受賞歴を教えてください。

第78回ロカルノ国際映画祭で金豹賞(最高賞)とヤング審査員賞のW受賞を達成。日本映画として18年ぶりの金豹賞受賞となり、三宅唱は衣笠貞之助、市川崑、実相寺昭雄、小林政広に続く5人目の日本人受賞者となった。さらに第73回サン・セバスチャン国際映画祭、第30回釜山国際映画祭のコンペティション部門への出品も果たしている。

タイトル『旅と日々』にはどんな意味がありますか?

つげ義春が日常的な旅を重ねながら漫画を描いた作家であることを踏まえ、「旅が日常的だったつげ義春の”感じ”を表すような」タイトルとして三宅監督が付けたものとされている。劇中の主人公・李にとって旅は非日常であると同時に、創作と向き合う切実な時間でもある。「旅」と「日々」という対照的な二語が並ぶことで、移ろいの中に積み重なるものの重みが暗示されている。

ラストシーンにはどんな意味があるのでしょうか?

本作のラストはネタバレを避けて語ることが難しい設計になっているため、核心は伏せる。ただひとつ言えるのは、明確な答えや変化を提示するよりも、「何かが静かに留まる」感覚を優先した終わり方だということだ。つげ作品が私小説的要素を持つのと同様に、本作でも虚実入り混じる構造が採用されており、ラストの余韻もそのアンビバレンスの中に宿っている。「考察する」よりも「座ったまましばらく感じる」ための着地点だと思っている。

三宅唱監督の他の代表作は?

三宅唱(1984年生まれ)の近作には、『きみの鳥はうたえる』(2019年)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)、『夜明けのすべて』(2024年)があり、これら3作はいずれもベルリン国際映画祭に出品されている。なかでも『ケイコ 目を澄ませて』と『夜明けのすべて』は国内の映画賞を数多く受賞しており、『旅と日々』と合わせてこの3作を続けて観ると、監督の眼差しの深まりがよく分かる。

こんな人に

・言語化することへの迷いや、言葉にする前に感じる感覚を大切にしている人
・旅と創作が交わるような、静かで思索的な映画が好きな人
・三宅唱監督の『夜明けのすべて』が好きだった人
・つげ義春の作品世界、あるいはその映像化に興味がある人
・難しい映画は苦手という人にも——89分のコンパクトな尺で、夏の離島と冬の豪雪地帯という対照的な美しい風景に乗り、気がつけば静かに引き込まれている

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出典

  1. ※1 映画.com

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