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『Chime』考察・感想|答えのない恐怖が45分に凝縮(ネタバレなし)

『Chime』—わからない。だけど怖い。それでいい

監督 黒沢清

脚本 黒沢清

主演 吉岡睦雄

共演 小日向星一、天野はな、安井順平、関幸治、田畑智子、渡辺いっけい ほか

音楽 渡邊琢磨

撮影 古屋幸一

製作年 2024年(©2023 Roadstead)

上映時間 45分

レーティング R15+

ジャンル サイコスリラー

製作国 日本

配給 Stranger


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

映像作品売買プラットフォーム「Roadstead」(Digital Video Trading)にて視聴可能。見放題・レンタル等の区分や最新の配信状況は、Roadstead公式サイト『Chime』販売ページにて直接ご確認ください。

あらすじ

料理教室の講師・松岡(吉岡睦雄)は、ある日のレッスン中、生徒の田代(小日向星一)に「チャイムのような音で、誰かがメッセージを送ってきている」と言われる。別の日、田代が「僕の脳の半分は入れ替えられて、機械なんです」と言い出し、それを証明するために驚くべき行動に出る。それでも松岡は淡々と授業を続ける。しかし、その出来事をきっかけに、松岡の周囲で少しずつ、確実に、何かがおかしくなっていく——。日常の風景の中に静かに忍び込む異常。それがどこから来て、どこへ向かうのか、45分間、その答えは最後まで明かされない。

見どころ

「見せない恐怖」の極致

本作の怖さは、直接的な映像によるものではない。キャラクターが目撃した恐ろしいものは、観客には見せられない。代わりに提示されるのは、悲鳴と表情だけ。その省略が、想像力を残酷なまでにかき立てる。45分という短尺に、黒沢清が長年磨き上げてきた恐怖演出の核心が凝縮されている。

黒沢自身は「映画の中の3大怖いもの」として「幽霊の怖さ」「自分が人を殺してしまうのではないかという怖さ」「警察に捕まってしまう怖さ」の3つを1本の映画にまとめることを企図したと語っており、その設計の大胆さが「見せない演出」という選択を必然のものにしている。

光と影のコントラスト

黒沢作品といえば「影」のイメージが強いが、本作では「光」が際立った役割を担っている。何かが起こる前触れのような光の使い方。信号のように点滅するような演出。光があるから影がある——その原則を、本作は改めて体感させてくれる。視覚的な不安感の積み上げ方が、ひとつの見どころになっている。

黒沢監督は撮影について、「脚本に『家を出たら何の変哲もない普通の住宅地が広がっている』と書いた。それをどう表現するか悩んだ末に、国立の辺りで撮った」と語っており、東京郊外の「どこにでもある場所」を慎重に選んだことが、光と生活空間の絡み合いをさらに不穏なものにしている。

吉岡睦雄の不気味な佇まい

松岡役を演じた吉岡睦雄の存在感が圧倒的だ。絶妙な髪型、一定のトーンで発せられる声、聞いているようで聞いていない視線。「人間の皮を被った宇宙人」とでも形容したくなるような冷たさが、スクリーンから滲み出てくる。この人物造形があってこそ、物語全体の不気味さが成立している。

黒沢監督は起用理由として「吉岡さんの持ち味だと思うんですけど『この人、この先に行ったら危ない、狂ってしまう』という”ギリギリの人”感を本当にうまく出される方」と評し、「物語を作っているときから『絶対吉岡さんでいきたい』と強く思っていた」と語っている。

制作背景

Roadstead発、前例のないリリース形態

本作はメディア配信プラットフォーム・Roadsteadオリジナル作品第一弾として、「自由に作品を制作してほしい」というオーダーから作られた。Roadsteadでの2024年4月12日からのデジタル販売を経て、2024年8月から東京のミニシアター「Stranger」の配給で劇場上映が始まった。

販売形式は、全世界999個限定のオーナーライセンス(99USドル=14,850円)。4Kの本編に加え、金允洙が監督した63分のメイキングドキュメンタリー「料理人たち」とデジタルポスターが「Digital Video Trading(DVT)」のパッケージとして用意された。ユーザーは購入した作品を視聴して楽しむだけでなく、第三者へのリセールやレンタル、非営利の上映といった形でさまざまな利用が可能だ。

黒沢は劇場公開初日の舞台挨拶で「僕のような年季の入った者が新しいことに参加できたのが大変うれしい。これまで手を出さなかった分野・表現に思い切って挑戦した」と振り返った。

キャスティングの必然

黒沢監督が吉岡睦雄の存在を知ったのは、東京藝大で教えていたとき。「学生たちが撮る映画の何本かに吉岡さんが印象的な役で出演されていた」のがきっかけだったという。名バイプレイヤーとして数多くの作品に出演してきた吉岡が、黒沢清監督作の初主演を飾った。

吉岡睦雄は1976年生まれ、広島県出身。映画「婚前特急」「花腐し」「湖の女たち」などに出演し、フェイクドキュメンタリー番組「放送禁止」シリーズでも知られるバイプレーヤーだ。

撮影手法:現場で積み上げていくアプローチ

黒沢監督はRoadsteadから「映画館で公開しなくていい、自由に作って」というオーダーを受け、本作を制作した※1。その「自由」は、制作手法にも直接反映された。脚本段階で決めていないことが多く、演者と相談しながらワンシーンずつ撮影していったという。

スタッフには、撮影・古屋幸一、照明・酒井隆英、美術・安藤秀敏、編集・山崎梓、音楽・渡邊琢磨が名を連ねる※1

ベルリン国際映画祭での熱狂

本作は第74回ベルリン国際映画祭・ベルリナーレ・スペシャル部門(Berlinale Special)への正式招待が決定し、ワールドプレミア上映された。ベルリンでは熱狂的に迎えられた満席の場内で上映され、その後の全上映回が完売するほどの注目を浴びた。なお、黒沢清は同年、『蛇の道』(セルフリメイク)と菅田将暉主演の『Cloud クラウド』も発表しており、2024年は黒沢清監督イヤーとも呼べる年だった。

感想

わからない、でも面白い。

これが率直な第一印象だった。観る前から「難解な黒沢映画」は覚悟していたけれど、その想像のさらに斜め上をいく作品だった。

舞台挨拶付きの上映で鑑賞し、鑑賞後のQ&Aも聞けたのだが、監督自身が「その場その場で考えながら作った」と語っていた。演者と相談しながら一シーン一シーンを積み上げていったため、「あのシーンにはこういう意味がある」という明確な答えのある映画ではない。それを最初に知ってしまうと、むしろ肩の力が抜ける。正解を探さなくていい映画なのだ。

ただ、観ながらずっと気になったのは「元凶は誰か」という問いだった。あることをきっかけに異常が伝播していく構造のように見えるけれど、松岡という人物は最初からおかしい。聞いているようで聞いていない。感情の温度が、どこか人間のそれじゃない。家族の描かれ方も含めて、「これは異常が伝搬するスピードが早すぎる」と感じた。むしろ松岡の中にすでにあった何かが、他者を通して表出していく映画に見えた。

それでも断言はできない。できないままでいい、とも思う。

印象的だったのが光の使い方だ。黒沢作品は影が象徴的な監督として語られることが多い。ただ今作は、光が前景化している。何かが起こる直前、信号のように差し込む光。考えてみれば当たり前で、影の使い方が上手い人は光の使い方も上手い。その当然の事実を、改めて画面から教えられた。

非日常を描いているのにリアリティがある。これが本作の一番の怖さだと思う。「異常の中に日常を差し込んでいる」と感じた。ホラーにありがちな「日常が崩れていく恐怖」ではなく、そもそも最初から異常な世界の中に、ふつうの仕草がある。その逆転が、残酷性や暴力性の痛みを、奇妙なほど生々しく響かせてくる。

吉岡睦雄さんは本当に素晴らしかった。あの声のトーン。あの髪型。面接シーンのコミュニケーションエラーは、怖いのか笑えるのかわからなくて、そのわからなさがまた怖い。舞台挨拶ではお茶目で優しい人柄がにじみ出ていて、それはそれで安心したけれど。

45分という尺も、今となっては正解だったと思う。これ以上長かったら、もしかしたら耐えられなかったかもしれない。

他の人の見方

「45分の上映時間に黒沢清の『3大怖いもの』を凝縮したサイコスリラー。観客にはキャラクターが見ている恐ろしいものを直接見せず、悲鳴と表情だけを提示する大胆な省略——『見せない恐怖』の極致」という評価がある※2。「CUREの精神的続編」とも指摘されているが、黒沢清自身は「CUREとつなげるつもりはなかったが、似た主題のサイコスリラーなので自然と似る」と語っている※3

「料理教室という閉じた空間と、そこに入り込む不可解な『音』の侵入が、日常を内側から崩壊させていく構造」として読み解く論考もある※4

黒沢自身は「一度でいいから、思いつくままに恐ろしいシーンが続けざまに並んでいる映画を作りたかった」とも語っており、本作がいかに監督の個人的な衝動から生まれた作品であるかを端的に示している。

よくある質問

タイトル『Chime』にはどんな意味がありますか?

作中で生徒の田代が「チャイムのような音で、誰かがメッセージを送ってきている」と語り、それが物語の発端となる。タイトルの「Chime(チャイム)」は、この不可視の「音」を指している。その音が何者によるものか、何を意味するのかは最後まで明かされない。答えのない問いそのものがタイトルになっている、とも言える。

原作はありますか?

本作は黒沢清監督によるオリジナル脚本の作品だ。小説や漫画などの原作は存在しない。監督自身が企画を聞いた段階から「3つの怖さを1本にまとめる」というコンセプトを練り上げており、完全なオリジナル発想から生まれた中編映画である。

黒沢清監督の他の代表作は?

黒沢清監督は『CURE/キュア』(1997)で世界的に注目を集め、その後も『回路』(2001)、『ドッペルゲンガー』(2003)などオリジナルのサスペンス・ホラーを送り出してきた。『スパイの妻』(2020)ではヴェネツィア国際映画祭・銀獅子賞を受賞している。本作と同年の2024年には、セルフリメイク作『蛇の道』と菅田将暉主演の『Cloud クラウド』も公開された。

吉岡睦雄はどんな俳優ですか?

吉岡睦雄は1976年、広島県出身の俳優。映画「婚前特急」「花腐し」「湖の女たち」などに出演し、フェイクドキュメンタリー番組「放送禁止」シリーズでも知られる。名バイプレイヤーとして数多くの作品に出演してきた吉岡が、本作で黒沢清監督作の初主演を務めた。

受賞歴はありますか?

第74回ベルリン国際映画祭・ベルリナーレ・スペシャル部門に正式招待され、ワールドプレミア上映された。上映は満席の場内で熱狂的に迎えられ、その後の全上映回が完売するほどの注目を浴びた。部門賞の受賞こそないが、同映画祭への正式招待自体が日本の中編作品としては異例の評価であり、国際的な批評の場における本作の存在感を示している。

こんな人に

・答えのない映画を、自分なりに解釈する時間が好きな人
・『CURE』(1997年)など、黒沢清の初期サイコスリラーが好きな人
・ホラーというより「不気味さ」や「異常性」の積み重ねに興味がある人
・ベルリン国際映画祭など映画祭で話題になった作品を追いかけている人
・ホラーが苦手でも、直接的な描写より「見せない恐怖」なら試してみたいと思っている人

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