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『どうすればよかったか?』考察・感想|答えはあった、問いは残った(ネタバレなし)

『どうすればよかったか?』—答えはあった。それでも、問いは残った

監督 藤野知明

出演 藤野知明(監督本人)、姉、両親

製作年 2024年

製作国 日本

上映時間 101分

配給 東風

ジャンル ドキュメンタリー(セルフドキュメンタリー)


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

2026年6月時点では、主要配信サービスでの取り扱いは確認されていない。配信状況は随時変動するため、各サービスで最新情報を確認してほしい。劇場公開・アンコール上映の情報は映画公式サイトにまとめられている。

あらすじ

優秀でありながら統合失調症の症状が現れた姉と、医師で研究者でもある父と母がその病を認めず精神科の受診から遠ざけ続けた——その判断に疑問を感じた弟の藤野知明は両親を説得するものの解決には至らず、わだかまりを抱えたまま実家を離れる。姉の発症から18年後、映像制作を学んだ藤野は帰省のたびに家族の様子を記録するようになる。両親との対話を重ね姉に声をかけつづけるが、状況はますます悪化。やがて両親は玄関に鎖と南京錠をかけて姉を閉じ込めるようになる。

20年以上にわたるその記録がドキュメンタリー映画として結実した本作。「どうすればよかったか?」——その問いはスクリーンを越えて、観客自身の奥底へと響き続ける。

見どころ

20年以上の記録が生む、圧倒的なリアル

カメラを手に持ったのは弟である監督自身。20年超という時間の蓄積が、どんな演出も及ばないリアリティをつくり出している。作ろうとして作られなかった映像だからこそ、そこに映る家族の表情や言葉は生々しく、見る者の胸に直接刺さってくる。

「医師の家族」という特殊な葛藤

医師で研究者でもある父と母が病気だと認めず、精神科の受診から姉を遠ざけた。知識があるゆえの葛藤なのか、愛ゆえの否認なのか。1983年、当時24歳の姉に統合失調症の症状が現れた時代——まだ「精神分裂病」と呼ばれ、治療法も診断基準も曖昧だった時代的背景が、この問題をさらに複雑にしている。単純な「家族の記録」では終わらない理由がここにある。

「映画とは何か」という根本的な問い

本作のタイトルは監督自身への問い、両親への問い、そして観客に考えてほしい問いとして据えられた。もともと映画として撮られたわけではない。その事実が、ドキュメンタリーの本質とは何かを問いかけてくる。映画として「作らないこと」が、かえって真のドキュメンタリーを完成させてしまう——この逆説を体感できる一本だ。

制作背景

監督・藤野知明について

藤野知明は1966年、北海道札幌市生まれ。北海道大学を卒業後、社会人生活を経て日本映画学校映像科録音コースに入学し、千葉茂樹監督に師事する。2012年、家族の介護のため札幌に戻り、2013年に淺野由美子と「動画工房ぞうしま」を設立。主にマイノリティに対する人権侵害をテーマとして映像制作を行っている。本作以前の代表作には「アイヌプリ埋葬・二〇一九・トエペッコタン」「とりもどす」などアイヌをテーマとしたドキュメンタリーがある。

撮影の発端と映画化の経緯

藤野が初めて姉の異変に気づいたのは1983年の春のことで、当時姉は24歳だった。姉の発症から18年後、映像制作を学んだ藤野は帰省のたびにカメラを家族に向けるようになる。撮影の動機は映画制作ではなく、統合失調症で別人と化してしまった姉を元の姿に戻し、両親を説得して精神科を受診させたいという一心から始まったものだった。

作品化のきっかけとなったのは、姉が亡くなった翌年の2022年に山形ドキュメンタリー道場に参加したことで、映像の一部をプレゼンしたところ反響があったため、山形国際ドキュメンタリー映画祭に向けて追加撮影と編集を行い、現在の形に仕上げた。

スタッフ

監督・撮影・編集を藤野知明が担い、制作・撮影・編集を淺野由美子、編集協力に秦岳志、整音に川上拓也が参加。製作は動画工房ぞうしま、配給は東風。

映画祭上映・国際展開

山形国際ドキュメンタリー映画祭2023や、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル2024で上映されるやいなや大きな話題となり、劇場公開を待ち望む声も多く聞かれた。また台湾国際ドキュメンタリー映画祭、JAPAN CUTS(ニューヨーク)、香港アジア映画祭など国内外でも上映された。

異例のヒットと拡大公開

2024年12月7日に東京・横浜・大阪の全国4館から公開がスタート。反響が反響を呼び、メイン館・ポレポレ東中野で55回連続満席、興行通信社発表のミニシアターランキングで3週連続1位を記録。公開から45日間で、公開劇場は41館、全国動員6万5792人、興収も1億60万498円に達した。ミニシアター系で公開されるドキュメンタリー映画としては異例のヒットとなり、多数の上映リクエストに応えて公開8週目の1月24日からイオンシネマを中心にさらに公開劇場が増え、100館を超えての拡大上映となった。その後も動員は伸び続け、動員数は16万人を突破(2025年12月18日時点)し、ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットを記録した※1

書籍化

映画の大ヒットを受け、藤野知明著の同名ノンフィクション書籍が2026年1月29日に文藝春秋より発売された。書籍版では、映画に入れることを断念したショッキングな家族の事実や、姉や両親と過ごした時間の中で味わった悲しみ・怒り・混乱・葛藤・喜び・希望など、映像では伝えきれなかった様々な思いが監督自身の言葉で綴られている。※2

感想

答えのない映画だと思っていた。タイトルからして、そうとしか読めなかった。

でも、違った。最終的には、しっかりと答えが提示されていた。では、なぜこのタイトルなのか。それは「結果としての解」でしかなく、「過程での解」ではないから——そう感じた。原因がわからない、どうすればわからない問題に陥った時のために、共にどうすればよかったかを考えようという想いが込められているのだと思う。

事前に同じく統合失調症を扱ったドキュメンタリー映画『ドコニモイケナイ』を見ていたこともあり、発症した人にとっては見えているものがすべて現実であり、自分の考えをうまくまとめられないがゆえに混乱し、被害妄想や攻撃的な言動をとるということは、ある程度理解していた。だから思っていたほどの衝撃はなかった。

ただ、本作の問題はより複雑だ。当時はまだ「精神分裂病」と呼ばれていた時代。治療法も、診断基準も曖昧だった。そんな時代にその病を発症した姉。そしてどう対処すればいいかわからない家族。姉を病気と判断することが逆に症状を悪化させるかもしれないという医者の言葉。世間体なのか、愛なのか。両親は姉を病院に入院させず、家に閉じ込める選択をした。

この辺りは本当に難しい。過去の映像を見ると、両親が娘を深く愛していたことは確かに伝わってくる。だから自分としては、姉のことを思ってのことだったと思いたい。でも、真相はわからない。

印象に残ったのは、家に来た知人のおばさんの対応だった。急に怒り出した姉に対して、お茶を差し出す。怖がって当然の場面で、笑顔と優しい声で話しかけ続ける。そしてわずかに頷く姉。対話の重要性を、言葉ではなく映像で突きつけられた気がした。

そして、これをドキュメンタリー映画と呼ぶことへの問い。監督自身もそう述べていたが、本作はもともと映画として作られたものではない。姉の症状を記録し、問題解決の糸口を探るための撮影が始まりだった。姉が回復したことで世に出せるものになった。映画として「作らないこと」こそが、真のドキュメンタリーを完成させてしまう——この逆説が、ずっと頭に残り続けている。

答えが示されていても、もし自分だったらと考えずにいられない。考えても、答えが出ない。そんな映画だった。

姉の最後が、少しでも良い時間だったらいい。

他の人の見方

映画の評価は高く、映画作家・想田和弘(『選挙』シリーズで知られる観察映画の作り手)、映画監督・作家の森達也(『A』シリーズのドキュメンタリスト)、精神科医の星野概念、哲学者の永井玲衣など10名が推薦コメントを寄せており、医療・哲学・映画の各領域から高い評価を受けている※3

監督自身は劇場でのサイン会で観客と話すなかで、「3割ほどが精神疾患の当事者やご家族で、精神医療に関わる医師や専門職の方もいる。それ以外の方も強い関心を示してくださっている」と語っており、これをどの家族にも起きうる話として身近に感じた観客が多いと述べている。※4

「辛い気持ちになるかなと思ってたけどそんなことなかった。たくさんの間違いがあったはずなのに、観終わった時には愛を感じられる不思議な映画」「父親の若い頃からラストまでが1本の映画に収められている時間の重みがある」と、家族の長期記録としてのドキュメンタリーの強度を称える声が多い。「ドキュメンタリーとしての倫理と誠実さ」「家族全員への深い視線」を評価する声のほか、「統合失調症への偏見をなくすきっかけになった」という声もある。

よくある質問

タイトル『どうすればよかったか?』にはどんな意味が込められていますか?

監督の藤野知明は「このタイトルは私への問い、両親への問い、そして観客に考えてほしい問いだ」と語っている。映画内ではひとつの「答え」に到達するが、それはあくまで「結果としての答え」に過ぎない。渦中でどうすることもできなかった時間こそが問い続けられており、そのまま観客へと手渡される構造になっている。

本作は実話に基づいていますか? 登場人物は実在しますか?

はい。藤野知明は1966年北海道札幌市生まれで、医師で研究者だった父母と8歳違いの姉の四人家族の中で育った。映画に登場する姉・両親はすべて実在の肉親であり、監督が実際に家族に向け続けたカメラの記録そのものが本作を構成している。フィクションや再現映像は一切含まれない。

監督・藤野知明の他の代表作は何ですか?

本作以前の監督作品には、短編ドキュメンタリー『八十五年ぶりの帰還 アイヌ遺骨 杵臼コタンへ』(2017年)、長編ドキュメンタリー『とりもどす』(2019年)、『カムイチェㇷ゚ サケ漁と先住権』(2020年)、『アイヌプリ埋葬・二〇一九・トエペッコタン』(2021年)などがある。いずれも主にマイノリティへの人権侵害をテーマとしたドキュメンタリーで、本作とはテーマの軸が異なるが、当事者の声を内側から記録するという姿勢は一貫している。

映画祭での上映歴や受賞歴はありますか?

山形国際ドキュメンタリー映画祭2023や座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル2024で上映されるやいなや大きな話題となった。その後、台湾国際ドキュメンタリー映画祭、JAPAN CUTS(ニューヨーク)、香港アジア映画祭など国内外でも上映された。山形国際ドキュメンタリー映画祭2023での日本プログラム選出が劇場公開へのきっかけとなった作品でもある。

映画と同名の書籍が出たと聞きましたが、映画と何が違いますか?

書籍版(文藝春秋、2026年1月29日刊行)では、映画に入れることを断念したショッキングな家族の事実や、姉や両親と過ごした時間の中で味わった悲しみ・怒り・混乱・葛藤・喜び・希望など、映像では伝えきれなかった様々な思いが監督自身の率直な言葉で明かされている。映画を観た後に読むと、作品への理解がより深まる補完的な一冊として位置づけられている。

こんな人に

・家族の病気や介護と向き合った経験がある人
・ドキュメンタリー映画の「作ること」と「記録すること」の境界線に興味がある人
・統合失調症や精神疾患について、当事者家族の視点から理解を深めたい人
・「正解のない問いと、それでも向き合い続けること」というテーマに共鳴する人
・ドキュメンタリー映画を見たことがない人にも——物語ではなく「本当にあったこと」の重みを、映画館で体感できる一本

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