視聴方法
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あらすじ
濱口竜介自身が手がけたオリジナル脚本による3話構成のオムニバス映画。「偶然」という糸でゆるやかにつながれた3つの短編が収められている。タクシーの中で交わされるたわいない会話が意外な感情を呼び起こす第一話「魔法(よりもっと不確か)」、閉ざされた研究室での朗読が思わぬ告白へと転じる第二話「扉は開けたままで」、再会の勘違いから生まれる奇妙な共鳴を描く第三話「もう一度」。どれも日常のひとこまのようでありながら、対話が深まるにつれ、現実と想像の境界が静かに揺らいでいく。
見どころ
綱渡りのような対話劇
各話の核心は「会話」だ。タクシーの中、大学の研究室、路上。どこにでもある場所で、どこにでもいそうな人たちが言葉を交わす。しかしその対話は、一言ごとに足場が揺れるような緊迫感をはらんでいる。感情の波紋が静かに広がり、やがて収まりきらないところまで膨らんでいく。濱口演出の真骨頂ともいえる「対話の引力」を、3つのバリエーションで堪能できる。
“偶然”という魔法の建前
非現実的にも見える展開を、「偶然」というタイトルが軽やかに許容してくれる。ありえないけれど、ありえそう——そのギリギリの感覚が3話を通じて保たれており、観客は現実と想像の間を心地よく漂うことができる。この絶妙なバランス感覚こそ、本作最大の魅力のひとつだ。
潔さで着地するラストの清々しさ
3話それぞれのラストに共通するのは、登場人物たちの「潔さ」だ。状況は混乱し、感情は乱れる。それでも彼女たちは、何かを手放すか、受け入れるかして、前へ進む。その姿には不思議な清々しさがある。重くならない。でも軽くもない。余韻がじんわりと残る。
制作背景
企画の起点とコロナ禍が生んだ並走
企画は濱口監督自身が『ハッピーアワー』のプロデューサー高田聡とともに立ち上げ、2019年夏から約1年半をかけて製作された。脚本はすべて濱口監督が手がけ、撮影は『うたうひと』『ひかりの歌』の飯岡幸子が担当した。
前作『寝ても覚めても』のあと、監督の濱口はいくつかの作品製作を進めていたが、コロナ禍によるスケジュールの混乱で、本作『偶然と想像』と長編『ドライブ・マイ・カー』が並行して撮影されることになった。結果として、「小品」として生まれるはずだった本作は、世界的な傑作との比較の中でその静かな強度を証明することになる。
濱口監督は「短編映画という形式にはずっと大きな可能性を感じていたが、現在の映画製作サイクルの中では短編用の上映枠がないという『出口』の問題があった。そのため今回は、統一したテーマのもと3話を制作し、長編映画サイズの短編集とした」と語っている。
製作はNEOPA・fictiveが担当し、配給はIncline、配給協力をコピアポア・フィルムが務めた※1。
独自の演出メソッド——「本読み」という実験
濱口監督がリハーサルで重視する「本読み」は、ジャン・ルノワールが晩年に採用したと伝えられる”イタリア式本読み”に着想を得たもの。一切ニュアンスや感情を込めずに台詞を読み、俳優から「自動的に言葉が出てくる」まで繰り返すという方法で、俳優から違和感などが出たら適宜台詞を変更していくが、リハーサルで読みを完成させるのではなく、撮影が始まっても随時調整を重ねていく。今回は1話について1週間から10日ほどかけて、ひたすら俳優たちと脚本を読み合わせた。
濱口監督は撮影時間を充分に確保し独自のリハーサル作業を重ねて俳優陣の新たな魅力を引き出しており、たとえば第2話の研究室のシーンは4日をかけて撮影された。
エリック・ロメールの影
完成した本作は、とりわけフランス映画の巨匠エリック・ロメールを思わせる抑制的な演技と台詞まわしや、人物造形の確かさが注目され、撮影監督の飯岡幸子による映像も繰り返し論評の対象となった。濱口監督はロメールからの影響を明言しており、「『偶然と想像』でいうとエリック・ロメールですね。まさに偶然を扱った映画」と語っている※2。濱口はロメールの『木と市長と文化会館/または七つの偶然』や『パリのランデブー』からの影響を受けて、構成やアイデアの参考にしたことを明かしている。
ロケ地と映像のトリビア
第三話の舞台に仙台を選んだ理由について、濱口監督は「あそこならエスカレーターの演出ができる」という一点に尽きると語っている。また、東京に行った人が同窓会で戻ってくる地方都市が舞台でないと成立しない話でもあり、数年間滞在してロケハンなしでも場所を把握できていたことが制作費の問題をクリアする決め手にもなったという。
第一話から第三話まで通して見られる構造物がトンネルである点について、監督は「トンネル構造は思い描いていたわけではなく、仙台に行ってから思い出した。これも偶然」とコメントしている。
キャスト
第一話「魔法(よりもっと不確か)」の芽衣子役に古川琴音、つぐみ役に玄理、和明役に中島歩。第二話「扉は開けたままで」の瀬川役を渋川清彦、佐々木役を甲斐翔真、奈緒役を森郁月が演じる。第三話「もう一度」の夏子役には占部房子、あや役には河井青葉がキャスティングされた。古川琴音は連続テレビ小説『エール』でも話題を呼んでいた一方、渋川清彦や占部房子、河井青葉といった個性派が揃った座組となった。
受賞歴
第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門にて審査員大賞(銀熊賞)を受賞。銀熊賞は最高賞の金熊賞に次ぐ賞であり、日本映画がコンペティション部門のグランプリを受賞するのは異例のことだった。第22回東京フィルメックスではオープニング作品観客賞を受賞。さらに第57回シカゴ国際映画祭でシルバー・Qヒューゴ賞を受賞している。
日本での劇場公開から4か月のロングランで観客数は7万人に達し、翌2022年4月6日からのフランス公開では3週間で『寝ても覚めても』の10万人(総数)を上回る入場者を記録した。
感想
劇場で観ながら、隣のお客さんが前のめりになっていた。それを横目で見て、ああ、引き込まれているんだなと思った。自分も同じだった。
3話とも、普通ならありえない展開だ。でも、ありえそうと感じさせてくれる。そのエネルギーがどこから来るのかずっと考えていたのだけれど、「偶然」というタイトルが一種の建前として機能しているんだと気づいた。偶然なら、何が起きてもおかしくない。その許容があるから、展開がどれだけ綱渡りでも、観客は置いてけぼりにならない。
第一話「魔法(よりもっと不確か)」が特に刺さった。古川琴音(芽衣子役)が演じる感情の複雑さ。親友から話を聞きながら、客観的なふりをして、実は主観でしか聞けていない。自分でも自分がわからないからこそ、傲慢で自己中心的なことを言ってしまう。あの感覚、よくわかる気がした。
そして第一話でいちばん印象に残ったのは、芽衣子が親友に突きつける問いだ。確実な未来を選ぶか、不確かな感情を抱えたままの自分を選ぶか。なんでもない会話だったはずなのに、ある瞬間からその場が修羅場の温度を帯びてくる。観ているこちらも、いつのまにか「自分ならどう答えるか」を考えてしまっていた。”想像の中で問いを通す”ことが、現実の自分を整理する手続きになる——その入れ子構造に唸らされた。
第二話「扉は開けたままで」は、渋川清彦(瀬川役)と森郁月(奈緒役)のやり取りがとにかく見事だった。開かれた空間での朗読という設定が、閉ざされた空間より逆に際どく感じられる。2人の思考が全く違う方向を向いていて、それがある瞬間に混じり合う。形の違うパズルがはまる、とでも言えばいいか。
渋川清彦の演じる瀬川は、本当に何にも動じない男として登場する。冷徹に見えるくらい淡々と言葉を返してくる。そこに色仕掛けまがいで踏み込んでいく森郁月。最初は2人の温度差ばかりが目につくのに、ある場面を境にその差が静かに溶けていく。違うものが混じり合う、と書くと陳腐だが、第二話はその「混じり方」の精度がとにかく高い。閉ざされた部屋ではなく、扉を開けたままの設定が、その精度を底上げしている。
第三話「もう一度」は、正直、一番感動した。占部房子と河井青葉、赤の他人の2人が勘違いから出発して、1日でここまで仲を深めていく。その説得力のある展開は、「偶然」というテーマなしには成立しなかっただろう。嘘から出た実、という言葉がぴったりくる。
第三話は、ひとつ間違えれば観客が引いてしまう危うさを抱えたテーマだ。なのにそうならないのはなぜか。観ながら考えていて、2人が「大切な思い出にもう一度触れたい」という同じ欲望を共有しているからだ、と気づいた。利害の一致ではなく、共犯になっている。その共犯性は、不思議と冷たくない。むしろ、お互いを慈しむような優しさが滲んでいた。
濱口節——丁寧に作られた対話、軽やかさと緊張の同居——は健在でありつつ、オムニバスという形式が新しい風通しをもたらしていた。ちなみに、同じ学校に通っていた知人がちょい役で出演していて、偶然をメタ的に体験するという、自分だけの余得もあった。映画のテーマが現実に滲み出てくる感覚。これも、偶然か。
観終わって最初に思ったのは、続編が観たい、ということだった。次にこのタイトルを劇場で見たとき、自分は迷わずチケットを買う気がする。
他の人の見方
映画レビューサービス上の平均スコアは4.1という高評価を獲得しており、「他人と会話が成立するという原始的な人生の輝きを限りなく純粋に映そうとする試みが素晴らしい」と濱口竜介監督の表現手法を称える声、「3つの短編で構成されオムニバスとして観やすく、会話のテンポやオチのつけ方が良い」と構成を高く評価する声が並ぶ。「対話だけでここまで引き込まれるとは思わなかった」「3話すべて余韻が残る」という感想も多い。
第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門での銀熊賞受賞という国際的なお墨付きが示す通り、日本の日常的な風景の中に宿る感情の機微は国境を超えて評価された。フランス公開では3週間で『寝ても覚めても』の10万人(総数)を上回る入場者を記録するなど、特にフランスでの熱狂的な支持が印象的だ。一方で、「静かすぎてついていけなかった」という意見も一部に見られ、派手な展開を好む層には向き不向きがあるようだ。
よくある質問
原作はありますか?
本作のすべての脚本は濱口竜介監督のオリジナルである。濱口監督自身が手がけたオリジナル脚本に基づき、豊かなニュアンスをたたえたセリフが交わされ、繊細で濃密なドラマが展開する作品だ。原作小説や既存の戯曲の映画化ではなく、「偶然」というテーマのもとゼロから書き下ろされた3つの物語を収めている。
タイトル「偶然と想像」にはどんな意味がありますか?
「偶然」は物語を駆動するエンジンであり、同時に「何が起きても許される」建前として機能している。「想像」は、現実に起きた偶然の出来事に各人物が意味を与え、そこから先の物語を自ら作り出していく行為を指す。濱口は実際にロメールの偶然を扱った映画からの影響を受けており、タイトルはそのまま作品の構造的な核を言い表している。
監督の他の代表作は?
濱口竜介は2008年、東京藝術大学大学院の修了制作『PASSION』でサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され話題を呼んだ。2015年には演技経験のない4人の女性を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』がロカルノほか国際映画祭で主要賞を受賞。商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(2018年)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された。その後に発表した『ドライブ・マイ・カー』(2021年)はアカデミー賞国際長編映画賞を受賞している。
受賞歴を教えてください。
第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門にて審査員大賞(銀熊賞)を受賞した。第22回東京フィルメックスではオープニング作品観客賞を受賞。さらに第57回シカゴ国際映画祭でシルバー・Qヒューゴ賞も受賞している。国内外を通じて多数の映画賞に輝いており、2021年を代表する日本映画の一本として各国映画批評家からも高い評価を受けた。
3話の中にロケ地の共通点はありますか?
第一話から第三話まで通して見られる構造物がトンネルで、監督はこのトンネル構造について「思い描いていたわけではなく、仙台に行ってから思い出した。これも偶然」とコメントしている。第三話では仙台駅のエスカレーターが再会の舞台となるなど、仙台の都市空間が物語のテーマと響き合う形で活用されている。3話を通して観ると、映像にも「偶然の連鎖」が仕込まれていることに気づくはずだ。
こんな人に
・会話劇が好きで、セリフの端々に感情を読み取る鑑賞が得意な人
・『ドライブ・マイ・カー』を観て、濱口竜介の世界観をもっと探りたくなった人
・短編・オムニバス形式で、さくっと映画の世界に入りたい人
・人間関係の複雑さや、自分でも気づかない感情の動きに共感できる人
・「日本映画は暗くて重そう」と思っている人でも、本作の軽やかさなら入りやすい
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