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REVIEW

『うたうひと』考察・感想|方言で語られる民話、声と沈黙の対話(ネタバレなし)

映画『うたうひと』の場面写真

監督 酒井耕、濱口竜介

聞き手 小野和子

語り手 佐藤玲子(宮城県栗原市)、伊藤正子(宮城県登米市)、佐々木健(宮城県利府市)

製作年 2013年

製作国 日本

上映時間 120分

配給 一般社団法人サイレントヴォイス

ジャンル ドキュメンタリー

劇場公開日 2013年11月9日


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

2026年7月時点では主要VODサービスでの配信は確認されていない。上映機会は映画祭・特集上映が中心となっている。配信状況は変動するため、最新情報は各サービスで随時確認を。

あらすじ

東北地方に伝わる民話を語り継いできた3人の語りべ——佐藤玲子(宮城県栗原市)、伊藤正子(宮城県登米市)、佐々木健(宮城県利府市)。1975年に「みやぎ民話の会」を設立し、宮城県を中心に東北地方の民話を訪ね、聞き、記録し続けてきた民話採訪者・小野和子が聞き手として座る。語り手と聞き手の間に生まれる民話独特の「語り/聞き」の場は、創造的なカメラワークによって記録され、スクリーンに再現される。背景となった人々の暮らしの話とともに語られることで、先祖たちの声がその場に甦る。

猿と嫁姑の話、河童が子どもを水辺に近づけないための話、エビの腰が曲がった理由の話——民話がなぜ生まれ、なぜ語り継がれてきたのかが、語り手たちの声とともにゆっくりと浮かびあがってくる。

見どころ

民話が生まれた理由——物語は命を守るためにある

東北訛りで語られる民話には、人々の願望と恐怖が凝縮されている。子どもを危険から遠ざけるために怪異を作り出し、理不尽な現実に意味を与えるために物語を紡ぐ。昔話・伝説・世間話といった地域固有の物語を伝える「民話」の価値は、単に物語の意味内容に留まるものではない。奇想天外な登場人物たちや突拍子のない展開は、先祖たちが厳しい暮らしや残酷な現実の中から作り出した「もう一つの世界」でもあった。人間がいかにストーリーを必要とする生きものかが、一話ごとに滲み出てくる。

語りと聴きの共同作業——「聞く」ことの深さ

聞き手がおどおどしていると話し手もうまく話せない。この映画が静かに訴えるのは、「語る」という行為が実は話し手と聞き手の共同作業だという事実だ。ただ民話を集める「採集」「採話」と一線を画し、語り手を直接訪ね、真摯に言葉に耳を傾ける小野和子の存在が、語りべたちから自然な言葉を引き出していく。一方的な語りに見えて、そこには確かな対話がある。

東北記録映画三部作の到達点——個人の記憶から集合的な記憶へ

3作目『うたうひと』は、個人の体験を100年先の誰かに伝える一つのモデルとして、東北地方伝承の「民話語り」をカメラに捉えた。前2作『なみのおと』『なみのこえ』が震災被災者の個人的な体験を記録したのに対し、本作は地域の集合的な記憶としての民話へと視野を広げている。語ることと聞くこと——今、もっとも忘れてはならない一つの態度を、この三部作は語りかけようとしている。第13回山形国際ドキュメンタリー映画祭で「スカパー!IDEHA賞」を受賞し、三部作の締めくくりに相応しい評価を受けた※1

制作背景

三部作の誕生——震災の記録から民話の伝承へ

「PASSION」の濱口竜介と「ホームスイートホーム」の酒井耕が共同監督を務める東北記録映画三部作の第三部で、東日本大震災の被災者たちの対話を集めた前2作に続き、東北地方に伝わる民話語りを記録したドキュメンタリーだ。

二人は前二作における「百年」先への被災体験の伝承という課題に対して、東北地方伝承の民話語りから示唆を得る。前2作のフィールドワークを通じて民話の語り聞き手法と出会ったことが、本作誕生の直接的な契機となった。個人の証言を記録するインタビューから、地域の集合的な記憶を映す民話へ——この取材対象の転換が、三部作を単なる震災ドキュメンタリーを超えた射程へと押し広げた※2

聞き手・小野和子という選択

1969年から宮城県を中心に東北の村々へ民話を求めて訪ね歩く民話採訪を一人ではじめ、1975年に「みやぎ民話の会」を設立した小野和子が聞き手として起用されたことは、本作の核心を形成している。出来事を物語にして語ることは、災害や病苦、貧困、別離の悲しみを抽象化する高度な営みであり、痛みを受け止め、乗り越える知恵でもある。その深い理解が、語りべたちの声を自然に引き出す土台となった。さらに、みやぎ民話の会の語り手のなかには「全部流されたけど、気が付いたら胸に民話があった。これを命綱に生きたい」と話した人もいたという。震災後の東北において、民話が単なる伝承文化を超えた意味を持つことが、ここに凝縮されている※3

創造的なカメラワークという手法

本作の撮影を担ったのは飯岡幸子・北川喜雄・佐々木靖之の3名。飯岡幸子は映画カメラマン・写真家で、映画美学校でドキュメンタリー作家・佐藤真らの薫陶を受けた後、東京藝術大学大学院映画専攻で撮影・照明コースを専修した。のちに三宅唱監督『きみの鳥はうたえる』(2018年)などの撮影監督として知られる映像作家で、本作が三部作での初参加となった※4

語り手と聞き手が向かい合う座の「空気」をどう映すか——語り手と聞き手の間に生まれる民話独特の「語り/聞き」の場は、創造的なカメラワークによって記録されることで、スクリーンに再現される。炬燵やテーブルを囲む対話でありながら、時に語り手が正面からカメラ越しに観客へ語りかけるような不思議な空間が生まれている——その撮影手法の工夫が、ドキュメンタリーでありながら没入感のある鑑賞体験を生んでいる※5

三部作全体の文脈と濱口竜介

酒井耕・濱口竜介両監督が東日本大震災の被災地で、2年の歳月をかけて丁寧につくりあげた東北三部作には、被災の風景はほとんど現れない。あるのはただ、語ること、そして聞くことだ。

濱口竜介はその後、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)で第74回カンヌ国際映画祭において日本映画初となる脚本賞を含む計3部門を受賞し、第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。世界的な評価へと至る濱口竜介の「対話の映画作家」としての本質は、この東北三部作——とりわけ本作『うたうひと』——ですでに核心的な形で示されていたといえる※5

感想

正直に言う。濱口竜介監督の作品でなければ、おそらく観ていなかった。

映画の大半を占めるのは、東北訛りで語られる民話のシーンだ。訛りが強く、内容はほとんど聞き取れない。上映中に眠っていた人がいたと聞いて、正直なところ納得してしまった。語りべたちの声のトーンは一定で、枕元で絵本を読んでもらっているような感覚に近い。

それでも、最後まで観て思った。字幕がなかったことは、失礼ではなかった、と。

方言で語り継がれてきた言葉を文字に置き換えた瞬間、そこに含まれるニュアンスは別のものに変わってしまう。聞き取れないことが、この映画では正しい体験なのかもしれない——そう気づいたとき、自分の「わからない」という不満が少し違う色に見えた。

面白いと感じたのは、民話がなぜ存在するのかという問いへの答えだ。猿の話は、昔の嫁姑の軋轢を背景に聞くと、全く別の感触になる。河童の話は、子どもを水辺の危険から守るために作られた。エビの腰が曲がった理由を語る話は、進化論を無視して人間の想像力で生命の姿形に意味を与える。物語は人の心を支えるためだけでなく、命を守るためにも存在する。人間はストーリーを作り、世界を楽しむ天才なのだ——そのことを静かに、しかし確かに感じさせてくれた。

伊藤正子さんのエピソードが一番胸に残った。もともと喋るのが苦手だったという彼女が、民話と出会うことで話せるようになり、他者と繋がれるようになった。物語とは、人と人をつなぐ橋でもある。

そして小野和子さんが語る「聞き手の重要性」。話す側と聞く側の共同作業で物語は成り立つという言葉は、濱口監督が一貫して映画で問い続けてきた「対話」というテーマそのものだった。

カメラが正面から被写体を捉え続ける手法——これが作品性を高める一方で、ドキュメンタリーとしての演出の自然さとの間でどう折り合いをつけるのか、観ながら悩んだ。そのアンビバレンスも含めて、この映画は問いかけてくる。

伝えたいことを受け取るために、ある程度の我慢が必要な作品だ。でも、その我慢の先に、小さくて深いものが待っている。

他の人の見方

ウェブ上のレビューを見渡すと、「方言で語るのが良い。これは貴重な記録」「同じ話を何度聞いてもいい」と、宮城・岩手の語り手から民話を聞き取る本作の記録としての価値を評価する声が目立つ。一方で「宮城弁が難しすぎて民話がほとんど聞き取れない」と方言の壁を指摘するレビューも多く、観る人による振れ幅の大きい作品だ。

「方言で語られる民話の独特のリズムが心地よい」「聞き手と語り手の呼吸が画面ごしに伝わってくる」「語りそのものが持つ時間の厚みを感じた」という声がある一方、「2時間という尺の長さ」「ドキュメンタリーとしての地味さ」を指摘する評価もある。好き嫌いが分かれる作風であることはほぼ一致した見方だが、「記録としての価値」については高い評価で一致している。

よくある質問

タイトル『うたうひと』にはどんな意味がありますか?

「うたうひと」は、民話を「歌うように語る人」——すなわち語りべ(語り手)を指している。映画と民話の枠を超えた、新たな伝承映画が誕生したとサイレントヴォイス公式が言うように、民話の語りは単なる「話す行為」ではなく、声と身体でリズムを刻む、歌に近い営みとして捉えられている。タイトルはその本質を一語に凝縮したものだ。

東北記録映画三部作とはどんなシリーズですか?

酒井耕・濱口竜介両監督が東日本大震災の被災地で、2年の歳月をかけて丁寧につくりあげた東北三部作で、被災の風景はほとんど現れない。あるのはただ、語ること、そして聞くことだ。第一部『なみのおと』(2011年)、第二部『なみのこえ』(2013年)が被災者の対話を記録し、本作『うたうひと』が三部作の完結編にあたる。三作を通して観ることで、「語ること」と「聞くこと」というテーマの深化が一層鮮明になる。

受賞歴はありますか?

山形国際ドキュメンタリー映画祭においてスカパー!IDEHA賞を受賞している。また、聞き手を務めた小野和子自身は、1993年宮城県児童文化おてんとさん賞、2004年地方教育行政功労者文部科学大臣表彰、2013年宮城県芸術選奨を受賞している。映画公開と同年に小野が芸術選奨を受けたことは、本作のテーマと無縁ではない※6

監督・濱口竜介の他の代表作は何ですか?

濱口竜介は劇映画として『親密さ』(2012年)、『不気味なものの肌に触れる』(2013年)、『ハッピーアワー』(2015年)を監督し、2018年最新作として『寝ても覚めても』を完成・公開した。さらに『ドライブ・マイ・カー』(2021年)では第74回カンヌ国際映画祭で日本映画初の脚本賞を受賞し、第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞している。本作『うたうひと』はその濱口の「対話」への執着を、ドキュメンタリーの形で最も純粋に示した作品のひとつだ。

聞き手・小野和子とはどんな人物ですか?

1934年岐阜県生まれ、宮城県在住。1969年から宮城県を中心に東北の村々へ民話を求めて訪ね歩く民話採訪を一人ではじめ、1975年に「みやぎ民話の会」を設立した。著書『あいたくて ききたくて 旅にでる』(PUMPQUAKES、2019年)は累計1万部を突破し、「鉄犬ヘテロトピア文学賞」「梅棹忠夫 旅と探検文学賞」を受賞している。映画を入口に彼女の著作へ進むと、本作の「聴くことの深さ」がいっそう立体的に見えてくる※7

こんな人に

・濱口竜介監督の作品を遡って追いたい人
・「対話」や「聴くこと」の意味を映像で考えたい人
・東北の伝承文化・民俗学・口承文芸に関心がある人
・静かで長尺のドキュメンタリーを、じっくり観る時間がある人
・派手な演出より「記録の時間」そのものを体験したい人

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