FIND US
← BACK / REVIEW
REVIEW

『何がジェーンに起ったか?』考察・感想|呪いをかけたのは、どちらだったのか(ネタバレなし)

何がジェーンに起ったか?

監督 ロバート・アルドリッチ

主演 ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード

製作年 1962年

上映時間 132分

ジャンル サイコサスペンス


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

Prime Video(字幕版)、U-NEXT、TSUTAYA DISCASの3サービスで取り扱いあり(2026年6月時点)。見放題・レンタルの区分や最新状況は各サービスで要確認。

Amazon Prime Video

▶️ 『何がジェーンに起ったか?(字幕版) (Prime Video)』をPrime Videoで見る

あらすじ

子役時代に大スターとして名を馳せたジェーン・ハドソン。大人になると立場は逆転し、映画女優として成功したのは妹のブランチだった。やがてある事件をきっかけに2人は表舞台から消え、ひとつ屋根の下で共同生活を送ることになる。車椅子生活を余儀なくされたブランチの世話をするジェーン。かつてのスターという幻想にしがみつき、日々増していく嫌がらせ。閉ざされた屋敷の中で、2人の歪んだ関係はじわじわと臨界点へ向かっていく。

見どころ

ベティ・デイヴィスの「妖怪」じみた怪演

白く塗りたくった肌、金髪縦ロール、まるで人形の成れの果てのような扮装。ベティ・デイヴィスがジェーン役のために自らメイクを考案したこのビジュアルについて、彼女は「プロのメイクアップアーティストなら、決して私にこれをしようとしないだろう」と語っている。スクリーンに登場しただけで空気が変わる。嫉妬と狂気と憐れみを表情だけで行き来するその演技は、映画史上最も衝撃的な老女像として絶賛する声が多い。本作でベティは通算10回目のアカデミー賞主演女優賞ノミネートを果たしており、それが彼女の最後のノミネートとなった。

影で語る白黒映像の恐怖

撮影監督アーネスト・ホーラーによる白黒映像は、光ではなく影で物語を語る。アルドリッチの演出は密室感を生かして息苦しさを最大化し、ホーラーの白黒撮影は姉妹を影の迷宮に閉じ込め、屋敷の朽ちた内部が2人の崩れた精神を映し出している。階段、ドアの隙間、ベッドの足元——ブランチのいる場所には常に強い影が落ち、ジェーンには過剰なハイライトが当たることで逆に「異物」感が際立つ。当時の批評誌『ハリウッド・レポーター』は、ホーラーの白黒撮影を「2人の生の残酷さをほぼ容赦なく映し出す」と評した。ヒッチコック映画的な不気味さとも評されるこの陰影設計が、密室劇の圧を増幅させている。

「被害者は誰か」という反転の構造

表向きはジェーンがブランチを軟禁・虐待する物語に見える。だが物語が進むにつれ、その単純な図式がじわじわと崩れていく。誰が誰を縛っているのか、呪いをかけたのは本当はどちらなのか——二項対立の裏に仕込まれたこの問いが、作品を単なるサイコホラーではなく、姉妹の歪んだ共依存を描く重厚なドラマとして成立させている。この「被害者と加害者の反転」という構造は、本作の考察において最も語り継がれてきたテーマのひとつだ。

制作背景

原作と企画の始動

原作はアメリカの作家ヘンリー・ファレルが1960年3月に発表したサスペンス小説で、映画化権はほぼ即座に買い取られた。ただし実際に製作が動き出したのはそれから約1年半後、ロバート・アルドリッチが監督として名乗りを上げてからだった。アルドリッチは以前の共作でクロフォードと関係を築いており(1956年作『傷だらけの女』)、クロフォードは同脚本をベティ・デイヴィスとの共演作として仕掛けるべき企画だと確信していた。脚本は原作の映画化に多くの実績を持つルーカス・ヘラーが担当した。

キャスティングとメイクをめぐる攻防

当時のゴシップ・コラムニスト、ヘッダ・ホッパーへのインタビューによれば、クロフォード自身が原作をアルドリッチに送りつけ、「ベティと私のための作品だ」と言って企画を推したという。しかし当時の映画界では2人とも「旬を過ぎた大女優」と見なされており、旧来のスタジオシステムのもとでは誰も手を貸そうとせず、アルドリッチは自らのリソースとワーナー・ブラザーズのスタジオ代表ジャック・ワーナーとの交渉を重ねてようやく実現にこぎ着けた。

メイクについてベティ・デイヴィスは「ジェーンは顔を洗わず、毎日化粧を重ねていくだけ」というビジョンを持っていた。その結果生まれた扮装は「時代遅れのメアリー・ピックフォードが地に落ちたグロテスクな版」のようだと評され、彼女自身も原作者ファレルがセットを訪問した際に「まさに自分がイメージしていたベビー・ジェーンだ」と言われ誇らしく思ったという。しかしアルドリッチは撮影開始数日で「笑えるレベル」だと二の足を踏み始め、デイヴィスはそのメイクで撮影できないなら降板すると宣言して押し切った。

白黒撮影にかけたデイヴィスの信念

製作会社のセブン・アーツはカラーでの撮影を望んでいたが、デイヴィスはこう言って拒んだ。「これは白黒の物語だ。カラーにしたら綺麗すぎてしまう。悲劇は美しく見えるべきではない」。彼女の主張は通り、白黒撮影はアーネスト・ホーラーの手に委ねられた。予算不足のため通常は使うプロセス撮影が使えず、ジェーンが車を運転するシーンではデイヴィス自身が実際に運転し、ホーラーが車のボンネットに括りつけられるか後部座席に屈んで撮影したという。

撮影・公開と興行成績

撮影は1962年夏、約100万ドルの予算でロサンゼルスにて行われた。屋敷の外観ロケ地となったのはロサンゼルスのサウス・マッカデン・プレイス172番地で、隣の180番地はジュディ・ガーランドが『オズの魔法使』撮影中に住んでいた家だという。また脚本家ヘラーは、姉妹のハリウッドでの歴史を描くために、デイヴィスとクロフォードの実際の過去作品の映像をフィルム内に組み込んでいる。

ワーナー・ブラザーズが配給し、1962年10月31日(ハロウィン当日)にシンシナティでプレミア上映を行い、翌週に全米各都市で順次公開された。公開は2人のスターの伝説的な対立を宣伝に最大限活用する形で行われ、全米の興行収入は900万ドルを超える大ヒットとなった。

受賞歴と映画史的な位置づけ

第35回アカデミー賞ではベティ・デイヴィス(主演女優賞)、ヴィクター・ブオノ(助演男優賞)、アーネスト・ホーラー(白黒撮影賞)、音響賞の計4部門でノミネートされ、衣装デザインのノーマ・コックがアカデミー賞白黒衣装デザイン賞を受賞した。クロフォードは一切ノミネートされなかった。この格差は当然ながら彼女を激怒させた。

クロフォードはデイヴィスがオスカーにノミネートされたことに憤慨し、授賞式当日、欠席した複数の候補者の代理として登壇できるよう根回しを行い、最終的にアン・バンクロフトの代理として壇上に立った。デイヴィスを怒らせることが主な目的だったとも言われている。

公開後の批評においても本作は高く評価され続け、心理劇としての完成度、キャンプ性、そして「サイコ・ビディ(psycho-biddy)」サブジャンルの創始作としての位置づけが確立されていった。この「ハグ・ホラー」あるいは「ハグスプロイテーション」と呼ばれるサブジャンルは、老齢の元大女優を起用したサイコサスペンスとして、本作の大ヒットを受けて後続作が相次いだ。

確執と後続作

撮影現場で繰り広げられた2人の確執も伝説的だ。クロフォードがセットにペプシコーラの自販機を持ち込めばベティがその上にコカ・コーラの缶を置き、前述のアカデミー賞の夜の「代理受賞」エピソードまで語り継がれている。この確執は2017年のFXドラマ『FEUD: Bette and Joan』(主演スーザン・サランドン、ジェシカ・ラング)でも再現された。

本作のヒットを受けてアルドリッチは続編的な位置づけで次作を企画した。タイトルを『What Ever Happened to Cousin Charlotte?』のままにしておけばファンが集まると考えたアルドリッチに対し、デイヴィスはクロフォードとの再共演を条件に「タイトルを『Hush…Hush, Sweet Charlotte』に変えること」を要求。交渉が成立しルイジアナ州バトン・ルージュで撮影が始まったが、クロフォードは開始から数日で体調不良を理由に撮影を離脱した。代役を務めたのはオリヴィア・デ・ハヴィランドで、1964年に公開された同作(邦題『ふるえて眠れ』)もヒットを記録した。

感想

正直に言うと、「もっと怖い映画」だと思っていた。

サイコホラーの古典として名の知れた作品だから、身構えて観た。でも怖さよりも先に来たのは、ジェーンの「潔いほど憎たらしい」あの佇まいだった。ケツで扉を開けるシーン——あそこが妙に頭に残っている。全てに不満げで、かったるそうで、それでいて確信犯的な嫌らしさ。一方のブランチは表情が穏やかで清廉に見える。この対比がずっと効いている。

でも、見終わってから気づくのだ。「あの穏やかさは本当に清廉だったのか?」と。

冒頭に描かれたブランチの子供時代の感情が、ちゃんと伏線として機能している。あんなに穏やかに見えていたブランチが、心の奥底に育て続けていた黒いものがあった。見た目ではわからないもの、この映画はそこをかなり強調していると感じた。

影の濃さが良かった。コントラストの効いた白黒の画面、陰で顔が全く見えないシーンなどにヒッチコック映画のような不気味さがある。ただ、その影がかかるのはジェーンではなくブランチなのだ——この配置に気づいたとき、演出の意図がスッと腑に落ちた。

そして終盤の開放感。真相を知ったジェーンが怒るどころか穏やかな表情になる、あの瞬間。心を覆っていた何かがスッと取り払われたような。砂浜でアイスクリームを片手に踊るジェーンの姿は、あの映画全体の中でいちばん「自由」な画だった。

それから、この映画のもうひとつの面白さ——撮影現場での2人の確執だ。ハリウッド史上最悪とも言われるほど仲が悪かったベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォード。その緊張感が画面越しに伝わってくるかと思いきや、それを全く感じさせない演技をしている。女優って怖い、と思った。ジョーン・クロフォードは『グランド・ホテル』(1932年)でもグレタ・ガルボと確執があったようで、このドロドロ感がまた映画史の厚みを増している気がして、たまらない。

人を呪わば穴二つ、とはまさにこのことだ。

他の人の見方

ベティ・デイヴィスの怪演については、肯定的な声が圧倒的に多い。白塗りに金髪縦ロールという扮装、そして子供時代のヒット曲を狂気の中で歌い上げるシーンへの言及が多く見られ、「映画史上最も恐ろしい老女像」と評するレビュアーも少なくない。公開当初から、デイヴィスのグロテスクで破綻したジェーンの怪演はキャリアのハイライトとして絶賛を集めた。

一方で、132分の上映時間に対して「中盤が冗長」と感じる声や、サイコサスペンスとして期待すると「予想よりも怖くない」「姉妹のメロドラマ」と受け取る声もある。終盤の真相反転についても「唐突」「クロフォードの抑制された演技が見えづらい」との指摘が一定数存在する。

批評家の評価を集計するMetacriticでは15人の評者によるスコアが75/100と「概ね好意的」な評価を示している。

よくある質問

原作はありますか?

原作はアメリカの作家ヘンリー・ファレルが1960年3月に発表した同名のサスペンス小説『What Ever Happened to Baby Jane?』です。映画化に際してはルーカス・ヘラーが脚本を担当し、デイヴィスとクロフォードそれぞれの実際の過去作映像を劇中に組み込むなど、原作に独自のメタ的な要素を加えている。

実話が元になっていますか?

本作は架空の姉妹の物語であり、特定の実話をモデルにした作品ではありません。ただし原作者ファレルは、かつて華やかだったが落ちぶれ、若い頃のメイクのまま生きている老齢の女性たちをハリウッドの街角で目撃した経験から、ジェーンというキャラクターを着想したと語っている。

タイトルにはどんな意味がありますか?

原題の “What Ever Happened to Baby Jane?” は「ベビー・ジェーンに何が起きたの?」という問いかけです。かつては”ベビー・ジェーン”人形が作られるほどの有名人だった子役スターが、なぜこんな姿になり果てたのか——という作品全体を貫く問いがタイトルそのものになっています。邦題の「何がジェーンに起ったか?」も同様に、ひとりの女性の人生の転落を問う形式を取っています。

受賞歴はありますか?

第35回アカデミー賞(1963年)では主演女優賞(ベティ・デイヴィス)、助演男優賞(ヴィクター・ブオノ)、白黒撮影賞(アーネスト・ホーラー)、音響賞の4部門でノミネートを受け、衣装デザイン賞(白黒部門)をノーマ・コックが受賞しました。なお、BAFTAでは翌年、デイヴィス・クロフォードの両名が最優秀外国女優賞にノミネートされています。

監督の他の代表作は?

ロバート・アルドリッチはウェスタン『アパッチ』『ベラクルス』(ともに1954年)、フィルム・ノワール『キッス・ミー・デッドリー』(1955年)、そして本作に続く戦争大作『特攻大作戦』(1967年)など、30本近くの長編を手掛けた多彩な監督です。本作の前哨戦ともいえるクロフォード主演の心理ドラマ『傷だらけの女』(1956年)も、アルドリッチが「女性映画」というジャンルを探求した重要な一本として評価されています。

こんな人に

・老いた大女優たちが互いを食い合うような、濃密な心理戦を楽しみたい人
・「誰が被害者か」が最後にひっくり返るどんでん返しが好きな人
・ベティ・デイヴィスやジョーン・クロフォードなど、ハリウッド黄金時代の名優の演技を体験したい人
・白黒映像の陰影・コントラストを映像美として楽しめる人
・ホラーが苦手だけどサスペンスには興味がある、という人にも——本作はグロ描写より「じわじわ来る不気味さ」寄りなので、怖いものが苦手でもとっつきやすい

関連商品

💿 Blu-ray / DVD

SHARE