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『他人の顔』考察・感想|仮面が暴く、アイデンティティの崩壊(ネタバレなし)

映画『他人の顔』の場面写真

監督 勅使河原宏

脚本・原作 安部公房

主演 仲代達矢、京マチ子

助演 平幹二朗、岸田今日子、入江美樹

製作年 1966年

上映時間 121分

配給 東宝

ジャンル 心理劇・不条理劇

英題 *The Face of Another*


※本記事にはアフィリエイトリンクを含みます。


目次

視聴方法

2026年7月時点では、主要VODサービスでの定常配信は確認できていない。DVDは「勅使河原宏の世界 DVDコレクション」(アスミック・エース)に収録されており、図書館や中古市場での入手が現実的な選択肢となっている。配信状況は変動するため、各サービスで最新情報を確認してほしい。

あらすじ

実験中の事故で顔全体に大火傷を負い、包帯で顔を覆って生きるようになった男。社会から切り離された感覚を拭えない彼は、精神科医の協力を得て他人の皮膚から精巧な仮面を作り上げる。別人として社会に溶け込もうとする男だったが、その試みはやがて自分の妻への奇妙な誘惑へと向かっていく。仮面が解き放つのは自由なのか、それとも——。

『砂の女』と同じく安部公房が原作・脚色を担当し、勅使河原宏が監督した心理劇。撮影も瀬川浩が務めた。

見どころ

仲代達矢の静かな狂気

仲代達矢(『切腹』『砂の女』など数多くの名作で知られる俳優)が、包帯と仮面を交互にまとい、内側に崩壊していく男を体現する。台詞よりも沈黙と視線が雄弁で、スクリーンから目が離せない。仮面の下の表情が見えないからこそ、感情の揺れが奇妙なほどリアルに伝わってくる。

主な共演者として、精神科医を平幹二朗、看護婦を岸田今日子、顔に痣のある娘を入江美樹が演じており、それぞれが男の崩壊を映す鏡として機能している。また、ビヤホール「ミュンヘン」の客として、安部公房と武満徹が画面の中に紛れ込んでいる。この小さなカメオは、この映画が徹底して「作り手の意志」で貫かれた作品であることを静かに示している。

磯崎新が作り上げた前衛美術のセット

建築家・磯崎新(2019年のプリツカー賞を受賞した巨人)が美術を担当。精神科医の診察室をはじめ、非現実と現実の境界線が溶けたような空間が連続して現れる。アヴァンギャルドな美術の美しさが、実験精神にあふれる映像世界を構成している。モノクロ映像の中に幾何学的なセットが浮かび上がり、物語の抽象性を視覚でそのまま体験させてくれる。

武満徹の音響設計

オープニング曲として入る武満の「ワルツ」は、清冽な渓流のように美しい弦楽曲で、憂愁と美しい旋律が淀みなく流れる。軽快な三拍子のリズムが、かえって映画全体の倒錯した空気と鋭く共鳴している。この音楽は第21回毎日映画コンクール音楽賞を受賞した仕事であり、劇中の「ワルツ」は後に弦楽合奏のための「3つの映画音楽」第3曲として武満自身の手で編曲されている。映像の不安定さと音楽の繊細さが、この作品を単なる文学の映像化以上のものへ押し上げている。

制作背景

原作と「失踪三部作」

原作小説は1964年に雑誌『群像』1月号に掲載され、同年9月25日に講談社より単行本として刊行された。1966年7月、安部公房自身の脚本で勅使河原宏監督により映画化された。安部公房がいわゆる「失踪三部作」と呼ぶ三作品——『砂の女』『他人の顔』『燃えつきた地図』——の第二作にあたり、仮面という道具を通じて社会的アイデンティティの脱着と、匿名性が倫理をどう溶かすかを問い続ける実験的な心理劇だ※1

なお、映画の脚本は小説とは異なるラストとなっており、安部公房は原作の哲学的考察をそのまま持ち込むのではなく、映画固有の語り口として再構築している点も見逃せない。

勅使河原宏と安部公房、黄金のコンビ

勅使河原宏は1927年、草月流家元・勅使河原蒼風の長男として東京に生まれ、東京美術学校(現・東京芸術大学)美術学部油画科を卒業。在学中より安部公房らと前衛芸術運動「世紀」に参加した。

本作は、勅使河原宏監督が「おとし穴」「砂の女」に続き、安部公房の不条理劇の映画化に三度挑戦した作品である。その前作『砂の女』(1964年)はカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるほか、翌年の監督賞にもノミネートされた。これは日本人初、アジア人初の快挙であった。本作はその世界的な成功を受けて制作された続編にあたる。

スタッフと製作体制

撮影は瀬川浩、美術は磯崎新と山崎正夫、録音は奥山重之助、編集は杉原よ志が担当。製作は勅使河原プロダクションと東京映画、配給は東宝。モノクロ、スタンダード、121分の作品である。安部公房×勅使河原宏のコンビに、武満徹の音楽、磯崎新の美術という、当時の日本アヴァンギャルドを象徴する顔ぶれが一堂に会した。電子変調を用いた衝撃的な音響表現も本作の実験精神を体現する要素のひとつである。

受賞・評価

1966年の第40回キネマ旬報ベスト・テンで第5位に選ばれた。また、1966年度映画記者会賞ベスト3位、NHK映画賞ベスト7位、優秀映画鑑賞会ベスト2位にも選出された。国際的には第27回ヴェネチア国際映画祭(1966年)コンペティション部門への正式出品を果たした※2

感想

正直、難しかった。でも、残った。

約2時間、抽象的な映像と哲学的な問いの連続で、「わかった」と言い切れる映画ではない。それでも、観ながらずっと何かを考え続けていた。それ自体が、この映画の力なんだと思う。

顔を失った男が他人の皮を被ることで「誰でもない存在」になろうとする。その自由は本物か。誰でもないということは、誰とも関わりがないということ。結局のところ、それは孤独の別名にすぎない。

この作品で印象的だったのは、精神疾患を持つ娘と、妻という二人の女性の存在だ。外面という偏見を持たない娘は、仮面をつけた男の正体を見破ることができる。妻もまた——夫だと知りつつ、その誘惑に乗るという複雑な選択をする。なんて惨めな構図だろうか、と思った。

男が仮面をつけて妻を誘惑するという行為の残酷さについて、観ながらしばらく考えた。もし誘惑に成功すれば、一時的に自尊心は取り戻せるかもしれない。でも同時に、それは「本当の自分には魅力がない」ことを自ら証明する行為でもある。誘惑に乗らなかったとしても、乗ったとしても、男が求めていたものは永遠に手に入らない。この行為はすでに破壊に向かっている。

作品を探す中で、現実に顔を失った男性の映像を見た。娘さんが、全く変わってしまった顔のパパを、それでもパパとして笑顔で愛していた。それは、パパが愛情をしっかりと注ぎ続けてきたからだろう。他人とは自分の写し鏡だ、とあらためて感じた瞬間だった。この映画の男は、仮面の下にあった本当の顔——内側の自分——と、どれだけ向き合えていたのか。

ラストシーンは、なかなか良かった。抽象性の高い作品だけど、最後の一撃はしっかりと届いてきた。

他の人の見方

公開当時から批評的評価は高く、第40回キネマ旬報ベスト・テン第5位、映画記者会賞ベスト3位など複数のランキングで上位に選出された。現在も「顔を変えた途端、人格までズレていく」という設定の生々しさに引き込まれるレビューや、「与えられたものでありながら選択できない『顔』」を哲学的に考察する作品として高く評価する声が多い。安部公房得意の「特異な状況を設定した不条理劇」という評価も定着している。

一方で、安部公房の難解な文学世界をそのまま映像化した抽象性の高さゆえに、初見では全体像がつかみにくいという声も少なくない。それ自体はこの作品の欠点ではなく、「わかりやすさ」に抗い続けた勅使河原宏と安部公房の意志の表れと捉えるべきだろう。

よくある質問

原作小説はありますか?

安部公房による同名の長編小説が原作で、1964年に雑誌『群像』1月号に掲載され、同年9月25日に講談社より単行本として刊行された。映画脚本も安部公房自身が手がけているが、映画版のラストは小説版と異なる構成になっている。

「失踪三部作」とは何ですか?

安部公房が自ら名付けた三部作で、『砂の女』(1962年)・『他人の顔』(1964年)・『燃えつきた地図』(1967年)で構成される。それぞれ「砂に埋もれる」「顔を失う」「記憶を失う」という形でアイデンティティの喪失を描いており、本作はその第二作にあたる。勅使河原宏はこの三部作すべてを映画化しており、安部公房との協働は日本映画史における稀有な作家的コンビネーションとして語り継がれている。

監督・勅使河原宏の他の代表作は?

勅使河原宏の主な監督作品には、『おとし穴』(1962年)、『砂の女』(1964年)、『燃えつきた地図』(1968年)、『利休』(1989年)、『アントニー・ガウディー』(1984年)などがある。なかでも『砂の女』はカンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞および監督賞にノミネートされた代表作で、本作と合わせて観ることで勅使河原×安部公房ワールドの核心に触れることができる。

受賞歴を教えてください。

第40回キネマ旬報ベスト・テン第5位、1966年度映画記者会賞ベスト3位、NHK映画賞ベスト7位、優秀映画鑑賞会ベスト2位に選出された。また音楽面では、武満徹が手がけた音楽が第21回毎日映画コンクール音楽賞を受賞した。国際的には第27回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門への正式出品を果たしている※2

仲代達矢はどのような俳優ですか?

仲代達矢は1932年生まれ、小林正樹監督の『切腹』(1962年)、黒澤明監督の『影武者』(1980年)・『乱』(1985年)などで知られる戦後日本映画を代表する俳優。本作では包帯と仮面という二重の「覆い」の内側から、声と視線だけで内面の崩壊を体現するという難役を演じた。台詞ではなく「沈黙」でキャラクターの輪郭を描く演技は、勅使河原の映像美学と深いところで共鳴している。

こんな人に

・安部公房の小説(『砂の女』『燃えつきた地図』など)が好きな人
・「アイデンティティとは何か」「仮面と素顔の境界」といった哲学的テーマへの考察・感想を持ちたい人
・仲代達矢や京マチ子(戦後日本映画を代表する名女優)の演技を改めてスクリーンで体験したい人
・磯崎新や武満徹など、日本が誇るアーティストたちが映画に集結した瞬間を見届けたい人
・難解なアート系映画の入り口を探している人——セリフや展開を追うより、映像と感覚で受け取れる作品なので、「映画はわかりやすくないと苦手」という人でも、画の力に引き込まれる体験ができる

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